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【研究成果】うみへび座銀河団で謎の電波放射を発見

2024.04.08
研究成果

【本研究のポイント】

  • 過去の観測データアーカイブを活用し、複数の電波観測データの解析手法を工夫したことで、これまでに観測されていない、広がった電波放射注1)を偶然発見した。
  • このような電波放射は、銀河団の高温ガスが動いていることを示唆しており、銀河団の進化プロセスの理解や、銀河団がもつ巨大な重力エネルギーがどのように変換されているのかの解明につながる。
  • 昨年打ち上げられた日本のX線天文衛星「XRISM」(クリズム)注2)による超精密な分光観測による検証が期待される。

【研究概要】

名古屋大学素粒子宇宙起源研究所の中澤 知洋 准教授、理学研究科の大宮 悠希 博士後期課程学生らの研究グループは、国立天文台水沢VLBI観測所の藏原 昂平 特任研究員をはじめとする研究チームとの共同研究で、地球から約1.5億光年離れたうみへび座銀河団(Abell 1060)注3)の中に、これまで報告されていない広がった電波放射があることを発見しました。

銀河団は数千個の銀河が集まり形成される宇宙最大の天体種族です。これらの天体は過去の衝突で受け取ったエネルギーをもつ高温ガスや磁場、そして光速に近い速さの電子(宇宙線)で包まれています。うみへび座銀河団は、北天で最も地球に近い銀河団で、過去数十億年の間に他の銀河団との衝突や合体があったことが先行研究から示唆されている一方で、その出来事を示す観測的証拠は見つかっていませんでした。

蔵原 特任研究員らは、複数の電波観測データの解析手法を工夫することで、これまで分類されたことがない新しい電波放射を発見しました。画像上の独特な形状から、我々はこれを「Flying Fox(オオコウモリ)」と名付けました。名古屋大学の研究チームはX線観測データを詳細に解析し、この領域の重元素存在比がやや高いことを発見しました。この発見は、銀河団の中心に位置する銀河付近から重元素の多い高温ガスが「オオコウモリ」とともに湧き上がってきた可能性を示唆し、銀河団内の高温ガスの動きを示唆するものです。昨年打ち上げられたばかりの日本のX線天文衛星「XRISM」(クリズム)による今後の超精密分光観測などで、さらに詳細に検証されることが期待されます。

この研究成果は、2024年4月 日付2024年4月出版の「日本天文学会欧文研究報告(PASJ)」にレター論文として掲載されました。

電波望遠鏡:Giant Metrewave Radio Telescope(GMRT)で観測されたうみへび座銀河団の電波の強度の画像。コントアはX線天文衛星:XMM-Newtonで観測されたX線の明るさを示している。
/クレジット:Radio: uGMRT/Kurahara, X-ray: ESA/XMM-Newton

【研究背景と内容】

地球から約1.5億光年離れたうみへび座銀河団の中に、これまで見つかっていなかった電波放射を発見しました。この発見は、低周波の電波観測の必要性とX線を放射する高温ガスとの比較の重要性を明確にするとともに、銀河団の進化を解明する新たな道筋をつける成果です。

銀河団は、宇宙で最大の質量を持つ天体で、その重力エネルギーは膨大なものです。銀河団にはX線を放射する数億度の高温プラズマや磁場、光速に近い速さの電子(宇宙線)があり、銀河団の重力エネルギーが変換されて生じると考えられています。しかし、この変換プロセスの詳細は充分に解明されていません。銀河団同士の衝突は、それぞれの天体が持つ膨大な重力エネルギーが衝突によりプラズマの加熱や電子の加速などのエネルギーに変換されると考えられ、銀河団の進化や高エネルギー宇宙線の起源を解明する上で重要な研究対象です。うみへび座銀河団(Abell 1060)は、北天で最も地球に近い銀河団で、多くの研究が行われています。この銀河団は、過去数10億年の間に衝突や合体があったことが示唆されている一方で、衝突や合体に起因した高エネルギー宇宙線やX線ガスの特異な空間構造などの観測的証拠が見つかっておらず、大きな謎となっていました。

名古屋大学大学院の大宮 悠希 博士後期課程学生と中澤 知洋 准教授は、国立天文台水沢VLBI観測所の藏原 昂平 特任研究員をはじめとする研究チームと共同で、2010年12月に観測されたGiant Metrewave Radio Telescope(GMRT)注4)のデータアーカイブの解析中に、今までに報告されていなかった広がった電波放射をこの銀河団の中に偶然に発見しました。蔵原研究員らがデータ解析の手法を工夫して高い電波観測感度を実現しました。またMurchison Widefield Array(MWA)注5)で得られたより低周波の観測データでも、分解能は低いものの該当する領域の存在を確認しました。さらに、この領域を可視光などの観測データで調べたところ、明確に対応する天体は見つからず、これまでに分類されたことのない新しい電波放射であることが示唆されました。この電波放射は、画像上の形状がオオコウモリに似ていたため、英語名の「Flying Fox」と名づけました。名大チームはX線天文衛星「XMM-Newton」注6)のデータを解析し、該当領域に目立ったX線の大きな構造は確認できなかったものの、重元素存在比がやや高いことを発見しました。これは銀河団の中心に位置する銀河付近から、重元素の多い高温ガスが「オオコウモリ」とともに湧き上がってきた可能性を示唆します。

【成果の意義】

 今回の発見は、銀河団の高温ガスが動いていることを示唆するもので、昨年打ち上げられた日本のX線天文衛星「XRISM」(クリズム)による超精密な分光観測による検証が期待されます。
また、同様の電波放射をより多くの銀河団で発見し、X線観測データと比較するという今回と同じ手法を用いることで、銀河団の進化プロセスや宇宙線の加速メカニズムの理解が深まり、銀河団が持つ巨大な重力エネルギーがどのように変換されているのかの解明につながると考えられます。

【用語説明】

注1)電波放射(シンクロトロン放射)

光速に近い速度の荷電粒子が、磁場で曲げられるときに放射する電磁波。

注2)X線天文衛星XRISM(クリズム)

銀河を吹き渡る風である「高温プラズマ」から発せられるX線を、かつてない精密な分光能力で撮像し、物質やエネルギーの流転を調べ、天体の進化を解明する、宇宙X線観測衛星。2023年9月7日に、種子島宇宙センターからH-IIAロケットで打ち上げられ、2024年1月から科学観測のための運用を開始した衛星。

注3)うみへび座銀河団(Abell 1060)

地球からうみへび座の方向に見える銀河団。地球から約1.5億光年離れたうみへび座・ケンタウルス座超銀河団の一部で、157個の明るい銀河を含む。銀河団の全長は約1000万光年。

注4)Giant Metrewave Radio Telescope(GMRT)/upgraded GMRT(uGMRT)

インドに建設されたメートル波を観測できる電波干渉計。30台のアンテナを使って50MHz-1.5GHzの帯域を観測できる。インド国立電波天体物理学センターが運用し、1996年に観測を開始した。銀河、パルサー、超新星などさまざまな天体が観測できる。

注5)Murchison Widefield Array(MWA)

西オーストラリアに建設された低周波帯域(80MHz – 300MHz)を観測できる電波望遠鏡。マーチソン電波天文台に設置された。2007年に建設を開始し、2013年からフェーズ1運用、2017年にアップグレードしたのち、2018年からフェーズ2運用を開始している。遠方の宇宙から発せられた赤方偏移した中性水素21cm線を観測することで、宇宙再電離期を探査することを目的とする。

注6)X線天文衛星「XMM-Newton」

欧州宇宙機関(ESA)が1999年12月に打ち上げたX線天文衛星。

【論文情報】

雑誌名:日本天文学会 欧文研究報告(PASJ)
論文タイトル:Discovery of Diffuse Radio Source in Abell 1060
著者:Takuya AKAHORI(1), Kohei KURAHARA(1), Aika Oki (2), Yuki OMIYA(3), Kazuhiro NAKAZAWA(3, 4)
(1) 国立天文台 水沢VLBI観測所
(2) 東京大学 理学部
(3) 名古屋大学 大学院理学研究科
(4) 名古屋大学 素粒子宇宙起源研究所
DOI: 10.1093/pasj/psae011                    
URL: https://doi.org/10.1093/pasj/psae011

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