名古屋大学 素粒子宇宙起源研究機構(KMI)

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第7回:TOPカウンター(BelleⅡ実験)(2014年6月)

2016年、つくば市の高エネルギー加速器研究機構(KEK)でスタートする BelleⅡ実験のTOP(Time Of Propagation)カウンターを開発されているKMI現象解析センタータウレプトン物理グループ特任助教の松岡 広大さんにお話を伺いました。

ー 最初に、BelleⅡ実験について教えていただけますか。

 BelleⅡ実験では、7 GeV(ギガ電子ボルト)に加速した電子と4 GeVの陽電子(電子の反粒子)を衝突させて反応をみます。 実験施設は、電子や陽電子のビームを作る加速器(SuperKEKBスーパーケックビー)、衝突の反応をみる測定装置(BelleⅡベルツー)からなります。(図1)

図1:SuperKEKBとBelleⅡ

 今までに、高エネルギー加速器実験と理論、双方の研究者の協力で、素粒子のふるまいをよく説明する理論として素粒子論の標準模型が完成しています。

 BelleII 実験の前身であるBelle実験(現在も稼働中)では、標準模型の重要な理論的土台となっている小林・益川理論が正しいことが実証されました。ただし、標準模型ではまだ説明できない問題がいくつかあります。非常に高いエネルギーではこうした問題も解決できる新しい物理法則があると考えられていて、超対称性理論などの理論が提案されています。Belle実験では、多くの測定結果が標準模型と一致していましたが、一部で理論の予測と異なった測定結果が観測されています。BelleⅡ実験では、Belle実験に比べより大量のデータを精度良く測定することができます(50倍のデータを収集)。これにより、標準模型からの「ズレ」を捕らえられれば、提案されているどの理論が正しいのかの選別、あるいは提案されている理論では説明されないのではないか、など、新しい物理法則探索の突破口を開くことが出来るはずです。

ー BelleⅡは、どのくらいの大きさなのですか?。

 高さ、奥行き、幅、ともに8メートルくらいです。

ー 大きいのですね! BelleⅡはBelleと同じ形なのですか?

 はい。Belleのフレームをそのまま使って、それぞれの測定器を改良されたものに置き換えて行きます。

図2:BelleⅡ測定器

ー 松岡さんがご担当されているのが...

 私たちのグループはTOPカウンターを担当しています。

 TOPカウンターは、石英の板(輻射体)とそれに取り付けられる光検出器からなり、荷電粒子の速度を測定することで粒子の種類を識別する装置です。(図3)

図3:TOPカウンターの概形

ー どのように速度を測定するのですか?

 荷電粒子が物質中を光速を超えて通過すると、チェレンコフ光を放出します。 チェレンコフ光は荷電粒子の進行方向に対して、角度θcで円錐状に放出されるので(cosθc=1/nβ; nは屈折率, βは荷電粒子の速度)、θcを測定することで荷電粒子の速度βを測定します。

 通常、円錐状のチェレンコフ光を投影したリングの形からθcを測定します。しかし、BelleⅡでは、チェレンコフ光を投影するスペースがないので、チェレンコフ光を石英輻射体の中を全反射で伝わらせて、端に設置した光検出器で到達位置と時間を測定します(図4)。 θcによってチェレンコフ光の伝搬経路が変わり伝搬時間も変わるので、伝搬時間を測定することでθcがわかるというわけです。

図4:パイ中間子(赤線)またはK中間子(青線)がTOPカウンターを通過した時にチェレンコフ光を放出する様子。図のように石英輻射体の中で円錐状にチェレンコフ光が放出され、粒子の種類によって円錐の開き角(θc)が異なる。チェレンコフ光は石英の表面で反射するため、実際は図のように上方に進まず、輻射体の横へと伝搬される。輻射体の横から出てくる光をスクリーンに投影すると放物線を成しており、図のように粒子の種類によってチェレンコフ光の検出位置が異なることがわかる。実際には、光検出器のy方向の幅で放物線を折り返したパターンが検出される。

そして、TOPカウンターで測定された速度と内部の飛跡検出器で測定された粒子の運動量から粒子の質量が求まり、粒子の種類がわかります。

写真1:KMI現象解析センタータウレプトン物理グループの松岡 広大 特任助教。光検出器MCP-PMTを手に。

ー 粒子の違いによる時間差はどのくらいあるのでしょうか。

 パイ中間子とK中間子で100ps=100x10-12sくらいの違いです。なので、一つひとつの光子の伝搬時間を50psの精度で測らなければなりません。そのため、私たちは、TOPカウンターのための光検出器MCP-PMT(Micro Channel Plate Photomultiplier Tube)を 浜松ホトニクス株式会社と共同で開発しました(写真1)。

ー 想像もつかない世界です。その粒子が通る石英輻射体とはどのようなものなのですか。

 こちらです。(写真2)

写真2:支持構造体に収めた石英輻射体

ー 一見、普通のガラス板なんですね。

 ですから、簡単に割れてしまいます。高い精度が求められているので、ちょっとした歪みも許されません。その上、物質量はできるだけ減らしたいので、石英輻射体をハニカム構造のアルミのケース(支持構造体)に入れて保持します。

 さらに、チェレンコフ光をロスもゆがみもなく伝搬させるために、表面は平らにしなければなりません。 石英輻射体の表面の粗さは5Å=5×10-10m、原子5個分しかありません。研磨装置の大きさで研磨できる石英輻射体の大きさに制限があったため、2枚の石英輻射体を接着しています。当然高い精度が求められる接着で、接着についても開発を行ないました。BelleⅡでは、この接着した約2.6m × 45cm × 2cmの大きさの石英輻射体16枚でビームラインを囲みます。(図2)

ー 一つひとつのことがとても難しそうに感じます! 計画されて作られて、いよいよ実験開始、となった時に、計画通りに動くものなのですか? BelleⅡ実験が開始しないと、TOPカウンターが計画通りに動くかどうかも確かめられないのでしょうか?

 BelleⅡ実験開始の前に確認をしています。2013年6月、LEPS実験グループの協力の下、兵庫県のSPring-8 LEPSビームラインでTOPカウンターのビームテストを行いました。実験装置を運ぶのも細心の注意が必要でした。 (こちらからTOPカウンタービームテストの様子をご覧いただけます)

ー 計画通り出来ていることを確認されるだけでも大変なんですね。ところで、初歩的な質問ですみません。「精度をあげる」、「精度が求められる」という意味がわからないのですが。

 例えば、「これがパイ中間子です」と言われたら、100%パイ中間子だと思いますよね。でも実験では、100%ではありません。Belle では、約89%のパイ中間子を正しく識別できる一方で、12%のK中間子をパイ中間子と間違えてしまいます。意外ですよね。 TOPカウンターを使うことにより、BelleⅡではパイ中間子の検出効率を95%以上、K中間子をパイ中間子と誤識別する確率を5%以下に下げられます。

ー 最後に、今後の研究の目標を教えて下さい。

 今年度末にTOPカウンターをインストールします。 それに向けて急ピッチで組み立てとテストを行っているところです。TOPカウンターを期待通りに動かして、 BelleII実験で新しい物理法則探索の突破口を見つけたいです。


参考文献

[1] Belle II実験一般向け紹介動画「新物理を探るBelle II実験(Long.ver)」
[2] Belle II実験について
T. Abe, et al., KEK-REPORT-2010-1, 2010.
http://belle2pb.kek.jp/
[3] SuperKEKB加速器について
Y. Ohnishi, et al., Prog. Theor. Exp. Phys. 2013, 03A011.
[4] 光検出器MCP-PMTについて
K.Matsuoka, Nucl.Instr. and Meth. A (2014),
http://dx.doi.org/10.1016/j.nima.2014.05.003
[5] SPring-8/LEPSについて
T. Nakano, et al., Nucl. Phys. A 684 (2001) 71.

専門家向けセミナーサイトにスライドがあります。 (文:素粒子宇宙起源研究機構広報室 木村久美子)