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中性子-原子核の反応で素粒子・宇宙の起源を探る

2020.07.15

中性子-原子核の反応で素粒子・宇宙の起源を探る

素粒子宇宙起源研究所・Φ研 准教授 北口雅暁

 

 

[今回の研究成果は、2020年7月15日プレスリリース「中性子で迫る宇宙創成の謎〜大強度偏極熱外中性子で、原子核内での対称性の破れの増幅現象に迫る〜」の解説です。]

 

小林・益川理論では足りない「CP対称性の破れ」

物理学者たちは、宇宙はエネルギーの塊から進化してきたと信じています。エネルギーから「物質(粒子)」が作られる際には、同時に必ず同じ数の「反物質(反粒子)」がペアになって生み出されます。一方、粒子と反粒子は衝突すると元のエネルギーの状態に戻ってしまいます。素粒子物理学者は様々な実験を行ってきましたが、このことに一つの例外もありません。同じ数だけ生み出された粒子・反粒子が出会うと消滅してしまうのですから、このままでは宇宙はいつまで経っても今の姿にはなりません。現在の宇宙が物質で満たされるためには、宇宙初期に粒子と反粒子が作られた後その数のバランスが崩れて、最終的に粒子が少し生き残る、ということが起こっていなければなりません(図1)

図1:宇宙誕生のあと物質(粒子)が生き残る様子。

この「粒子・反粒子の性質の違い」を「CP対称性の破れ」といい、理論的には小林・益川理論によって記述され、実験的には名古屋大学も参加しているBelle実験やアメリカのBaBar実験といった実験によって確認されました。そういう意味では名古屋大学はCP対称性の破れの研究に深い関わりがあります。小林・益川両氏はこれによって2008年にノーベル賞を受賞されました。 CP対称性の破れの大きさ、つまり粒子・反粒子の性質がどれほど違うのかがわかれば、宇宙誕生ののち「物質がどれだけ生き残れるのか」を計算することができます。一方で、人工衛星を用いた宇宙の観測によって、私たちの宇宙に実際にどれだけ物質が存在しているのか調べることができます。

加速器を用いた素粒子実験で見つかったCP対称性の破れは小さいものでした。見つかったCP対称性の破れだけでは、現在の宇宙の物質をほとんど作ることができないことがわかったのです。(人工衛星の結果の十億分の一の量しか物質が生き残ることができないと計算されました。)このことは、未発見のCP対称性の破れ、ひいては現在は知られていない物理法則の存在を強く示唆しています。 未発見のCP対称性の破れがどういう素粒子反応の中に現れるかは様々な理論が様々に予言していますが、実際には実験してみるまでわかりません。新しい物理法則を「発見」するためには、多様な実験をやってみるしかないのです。世界中で、また名古屋大学でも、様々な実験・観測によって新しい物理の探索を行っています。名古屋大学は、Belle測定器の後継機であるBelle II 測定器を用いたSuperKEKB/Belle II 実験など、多くの実験プロジェクトに参加しています。

 

核反応の「虫眼鏡」でCP対称性の破れを探す

今回の研究はその中でも、核子と核子の間の相互作用に含まれるCP対称性の破れを探索する実験と関連しています。核子というのは原子核を構成する陽子や中性子のことです。核子や原子核、素粒子にはスピンと呼ばれる「向き」が存在します。原子核の反応の起こりやすさがスピンの向きによって異なると、対称性の破れの証拠になることが知られています。原子核に核子である中性子をそっと近づけると、原子核は中性子を吸収して複合核という状態を作ります。この吸収のしやすさがスピンの向きによって変化するかどうかを、実験的に調べます(図2)。

図2:原子核が中性子を吸収する際、中性子のスピンの向きによる違いを測定する。この時対称性の破れが、核子1つずつの場合に比べて大幅に大きく観測される。

この実験の面白いところは、「複合核を形成する反応での対称性の破れの大きさ」が、「一つの核子と一つの核子の間の相互作用に含まれる対称性の破れの大きさ」に比べて、最大100万倍大きく「観測される」可能性がある、という点です。つまり、もともとは小さい変化であっても、複合核反応を通じた測定によってあたかも虫眼鏡で拡大した状態で探すことができるのです。 原子核反応が拡大鏡として利用できるかどうか、それが実際にはどの程度の拡大率なのか、を考えるためには、複合核反応の理解が必要です。これまでにも複合核反応を記述する理論は存在していますが、実験的に検証する必要がありました。 原子核が中性子を吸収し複合核を形成した後にはガンマ線が放出されます。このガンマ線がどのように、つまり、どんなエネルギーのガンマ線をどの向きに放出するかは、前述の複合核の理論によって記述することができます。複合核から放出されるガンマ線を測定することでこの理論の正しさを検証することができます。 今回、名古屋大学をはじめとするグループが行った実験では、特定の原子核(139La)に中性子をそっと近づけ、複合核を形成させた後に放出されるガンマ線のエネルギーと向きを測定しました。この実験では入射する中性子のエネルギーと中性子のスピンの向きを高精度で揃えています。その結果、ガンマ線の放出方向には偏りがあること、その偏りは前述の複合核の理論で説明できること、を確かめることに成功しました(図3)。

 

左 : 中性子偏極デバイスである3Heスピンフィルターとガンマ線検出器。
139La原子核に偏極中性子が吸収された際のガンマ線の放出方向を測定する。
右:下方向の検出器で測定されたガンマ線の量の中性子エネルギー依存性。
中性子のエネルギーが0.74eVの時に、スピンの向きによって変化していることがわかる。

中性子のエネルギーを揃えた実験を行うためには大強度の中性子ビームが必要です。茨城県にある世界最高強度の中性子施設J-PARCによってこの実験が可能になりました。また中性子のスピンの向きを揃えるための装置である中性子スピンフィルタの性能向上が重要な役割を果たしました。今回の結果によって、複合核の理論の検証が大きく前進しました。私たちはこの成果をもとに、原子核反応を拡大鏡として用いた高感度のCP対称性の破れの探索実験の準備を進めています。これは、新しい物理法則を探す新しい方法になるでしょう。宇宙の起源に迫れることに、大変わくわくしています。

 

リンク

2020年7月15日プレスリリース「中性子で迫る宇宙創成の謎〜大強度偏極熱外中性子で、原子核内での対称性の破れの増幅現象に迫る〜」

 

論文情報

論文誌:Physical Review C
論文名:Transverse asymmetry of γ rays from neutron-induced compound states of 140La
著者: T. Yamamoto[a], T. Okudaira[b], S. Endo[a,b], H. Fujioka[c], K. Hirota[a], T. Ino[d], K. Ishizaki[a], A. Kimura[b], M. Kitaguchi[a], J. Koga[e], S. Makise[e], Y. Niinomi[a], T. Oku[b], K. Sakai[b], T. Shima[f], H. M. Shimizu[a], S. Takada[e], Y. Tani[c], H. Yoshikawa[f], T. Yoshioka[e]
[a]名古屋大学 [b]JAEA [c]東工大 [d]KEK [e]九州大学 [f]大阪大学
DOI番号:10.1103/PhysRevC.101.064624

URL: https://journals.aps.org/prc/abstract/10.1103/PhysRevC.101.064624