【研究成果】将来の電子・陽電子衝突型加速器で、新しい物理の「オーロラ」を追いかける

名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)/高等研究院(IAR)の特任助教の井黒就平さんとE研の大学院生の坂野達哉さんを含む国際共同研究チームは、次世代加速器を用いた「超精密測定」によって「新しい物理」の兆候を捉えるための画期的な探索戦略を提案しました。この成果は、2026年2月24日付でPhysical Review Letters誌に掲載されました。
標準模型の成功と「直接探索」の限界
物質の最小単位を研究する素粒子物理学では、1960年代から築かれてきた「標準模型」と呼ばれる理論的枠組みが大きな成功をおさめてきました。2012年にはスイスにあるCERNの大型ハドロン衝突型加速器(LHC)によってヒッグス粒子が発見され、標準模型の最後のピースが埋まりました。
しかし、この理論だけでは、宇宙の物質の起源や暗黒物質の正体を説明することができません。LHCなどの実験では、衝突エネルギーを極限まで高めて未知の素粒子を直接作り出して探索する方法が主流でしたが、これまでのところ「新しい物理」を決定づける発見には至っていません。
「超精密測定」への転換
研究チームが提案したのは、従来とは異なる「超精密な測定」によって新物理がもたらすわずかな兆候を見つけるというアプローチです。舞台となるのは、CERNなどで計画されている次世代の電子・陽電子加速器「FCC-ee(Future Circular Collider)」です。この加速器では、ヒッグス粒子を含むさまざまな反応を、これまでにない精度で調べることができます。
今回の研究では、標準模型のもっとも単純な拡張版のひとつであり、宇宙の謎を解く鍵のひとつとして注目されている「2-ヒッグス二重項模型(2HDM)」を対象に解析を行いました。
研究の成果:量子効果が描き出す「ズレ」
2HDMでは複数のヒッグス粒子が存在しますが、その性質が標準模型のヒッグス粒子と完全に一致して区別できない「整合限界(alignment limit)」と呼ばれる状態があります。
研究チームは、電子と陽電子が衝突して「ヒッグス粒子とニュートリノのペア」が生成されるプロセスに着目。最新の計算手法と大規模な並列計算を駆使し、量子電弱効果(NLO補正)まで含めた世界最高精度の理論計算を行いました。その結果、整合限界においても、量子効果によって理論予測に数パーセントのズレが生じることを明らかにしました。このズレはFCC-eeのような将来の加速器の精密測定で十分に検出可能なレベルであり、標準模型では説明できない新粒子の存在を間接的に証明する有力証拠となり得ます。
今後の展望:未知なる「物理のオーロラ」を求めて
今回の成果は、LHCのように新粒子を直接発見する方法とは異なり、「データのわずかなズレから新しい物理を炙り出す」という新たな探索の道を切り拓くものです。
それはまるで、厚い雲の向こうに隠れたオーロラの光を、精密な観測によって見いだす挑戦のようです。次世代加速器の実現は、標準模型を超える新物理の兆候をとらえる重要なステップと期待されます。
研究者コメント
2021年から2024年のあいだ、ドイツのカールスルーエ工科大学(Karlsruhe Institute of Technology)に所属していた時の共同研究者と、名古屋大学生と一緒に書いた論文です。これまでの研究が時を経て形になったこと、学生も一生懸命に頑張ってくださったことが嬉しい一稿です。実験系の研究者からの問い合わせも多くいただいていて、将来の大型実験を先導する理論研究と言えると思います。
論文情報
- 論文タイトル: Chasing the two-Higgs-doublet model via electroweak corrections at e+e- colliders
- 著者: Pia Bredt, Tatsuya Banno, Marius Höfer, Syuhei Iguro, Wolfgang Kilian, Yang Ma, Jürgen Reuter, Hantian Zhang
- 掲載誌: Phys. Rev. Lett. 136, 081801
- DOI: https://doi.org/10.1103/mnqp-l2h9
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