【研究成果】レプトンのふるまいはどれも同じか?〜素粒子の崩壊にひそむ関係性を数式で解明〜

名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)/高等研究院の井黒就平(いぐろ しゅうへい)特任助教(研究当時:兼KEK特別助教/クロスアポイントメント)、高エネルギー加速機研究機構(KEK)素粒子原子核研究所の遠藤基(えんどう もとい)准教授(兼KMI特任准教授/クロスアポイントメント)らの研究グループは、「レプトンフレーバー普遍性の破れ」を検証するための厳密な関係式を新たに発見しました。
素粒子物理学の標準模型は自然界の基本粒子とその相互作用を統一的に記述する理論として高い精度で検証されてきましたが、標準模型では説明できなさそうな現象も存在します。近年注目されているのが、電子やミュー粒子、タウ粒子といったレプトンのふるまいが種類によらず同じであるはずという「レプトンフレーバー普遍性」という性質が保たれていない可能性です。なかでもボトムクォーク(b)がチャームクォーク(c)とタウ粒子(τ)、ニュートリノ(ν)に崩壊する現象において、理論の予測と実験による測定結果の間にずれが報告されています。
本研究では、このような現象に関連して経験的に知られていた複数の粒子の崩壊率の間に成り立つ「和則(sum rule)」の理論的な背景を、重いクォークの対称性という観点から解明しました。とくにΛbバリオンとB中間子の崩壊を結ぶ厳密な関係式を導出し、将来の高精度実験における理論と観測の照合を助ける新たな枠組みを提示しました。
本研究成果は、2025年5月15日(日本時間)付『Journal of High Energy Physics (JHEP)』に掲載されました。詳細は名古屋大学からのプレスリリースをご参照ください。
本研究のポイント
- 素粒子標準模型)の前提のひとつに「レプトンフレーバー普遍性」があり、電子などの電荷をもつ「レプトン」3種は、質量の違いはあるものの、同じように素粒子反応すると考えられています。しかし近年、この前提に反する兆候が一部の粒子の崩壊過程で観測されており、その動向が注目を集めています。
- 素粒子反応ではさまざまなパターンの崩壊が起きますが、その崩壊の割合の間には「和則(sum rule)」とよばれる経験則が知られています。本研究では、この和則の背景に重いクォークの対称性注2)が潜んでいることを突き止め、異なる崩壊の和則の間に成り立つ厳密な関係式をはじめて理論的に導出しました。
- この関係式は、異なる粒子の崩壊現象の整合性を理論的に検証する新たな枠組みを提供し、標準理論の精密な検証と今後の新しい物理の探索に役立つ重要な基盤となります。
研究者コメント
今回の研究成果に対して、井黒就平さんは次のようにコメントしています。
B中間子の崩壊において観測されている実験値と、標準模型が予言する値との食い違いは、標準模型の限界や新物理の存在を示唆している可能性があります。素粒子理論の立場からこの食い違いを検証するため、私はこれまで標準模型の予言精度を高める研究に取り組んできました。今回の成果は、その研究で培った手法を、ふとしたきっかけから別の粒子崩壊へ応用してみたことから始まりました。結果として、非常に高い予測能力をもつ関係式を導き出すことができました。
KMIも深く関わっているKEKつくばのBelle II実験では、今後このB中間子の崩壊に関する理解が大きく進むことが期待されており、今回の発見は非常にタイムリーだったと感じています。また現在は、欧州の共同研究者らとともに、FCC-ee実験においてこの関係式を活用した新たな精密測定の可能性についても検討を進めており、今後の展開に大きな期待を寄せています。
論文情報
雑誌名: Journal of High Energy Physics
論文タイトル: Heavy Quark Symmetry Behind b -> c Semileptonic Sum Rule
著者: Motoi Endo, Syuhei Iguro, Satoshi Mishima, Ryoutaro Watanabe