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【研究成果】「世界最高解像度」「世界初偏光有感」「世界最大口径」望遠鏡による宇宙高エネルギーガンマ線の観測開始

2023.05.25
研究成果
GRAINE - 2023年気球実験
2023年気球実験:エマルション望遠鏡を吊り下げた気球を膨らませているところ

KMIメンバーの中野敏行准教授、六條宏紀助教らの研究グループが、「世界最高角度分解能」「世界初偏光有感」「世界最大口径面積」を実現するエマルション望遠鏡気球実験を達成し、宇宙高エネルギーガンマ線の精密観測を開始しました。

宇宙ガンマ線観測(※1, 2)は、宇宙線物理学・高エネルギー天体物理学・宇宙論・基礎物理学と多岐にわたる学術領域に波及効果をもたらします。また近年のニュートリノや重力波も含めたマルチメッセンジャー天文学(※3)においてガンマ線は決定的に重要なパートを担います。

現在、フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡(※4)をはじめとする最新鋭のガンマ線望遠鏡によって、高エネルギー帯域における宇宙ガンマ線観測は大きく進展しています。その一方で観測の難しさから、他波長での観測に比べ桁違いに解像度が劣るなどの課題があり、この帯域における観測はまだまだ未開拓な領域が存在します。宇宙高エネルギーガンマ線観測を新たな段階へ進めるためには、観測の質的な改善が重要となっています。

優れた空間分解能を持つエマルションフィルム(※5)により、高エネルギーガンマ線の反応を極めて緻密に捉えられます。そして超高速自動解析技術(※6)および時刻情報付与技術(※7)を導入することによって、「世界最高角度分解能」「世界初偏光有感」「世界最大口径面積」を実現する優れたガンマ線望遠鏡に成り得ます。我々はエマルションガンマ線望遠鏡を開発し、長時間気球飛翔を繰り返すことで宇宙高エネルギーガンマ線精密観測を目指し、GRAINE計画(※8)と名づけ推し進めています。

これまでに地上でのさまざまな研究開発やテスト実験、そして2011年気球実験、2015年気球実験、2018年気球実験を積み重ね、エマルション望遠鏡による気球飛翔での宇宙高エネルギーガンマ線観測の実現可能性を拓いてきました。とくに2018年気球実験では、実際に既知の明るいガンマ線源である「ほ」座パルサーについて世界最高解像度での撮像に成功し、世界最高角度分解能を実現するエマルション望遠鏡を確立しました。

これらの経験・実績に基づいて、口径面積・飛翔時間の拡大を図り、気球飛翔を繰り返すことで本格的な科学観測を開始します。その先駆けとして、オーストラリアで2023年気球実験を実施しました(JAXA豪州気球実験)。当初は2021年に予定していましたが、コロナウィルス感染症の影響により2年延期となりました。また昨今のヘリウム価格高騰を受け、気球2機から1機へと変更になりました。この実験では前回実験の6.6倍となる口径面積2.5m2の望遠鏡の実現を目指します。世界最大口径面積となるガンマ線望遠鏡の実現を目指すとともに、世界初となる高エネルギーガンマ線偏光観測に向けた「ほ」座パルサーのさらなる観測、発生源不明なガンマ線源が存在する銀河中心領域の高解像度観測、ニュートリノや重力波の発生源にもなり得る突発ガンマ線源の観測等を行います。

実験に必要な機材は2022年12月半ばから2023年1月に日本から発送し、2月から3月にかけて現地にて最終準備を行い、フライト条件などが整うの待ち、現地時間の4月30日午前6:32(UTC+9.5)に気球を放球しました。総飛翔時間27時間、うち高度35.4 – 37.2km水平浮遊24時間17分と、これまでのエマルション望遠鏡気球実験で最長の気球飛翔を達成するとともに、その間エマルション望遠鏡を一晩越えて安定して運用できました。5月1日15時頃に無事にストレージデータを回収、5月4日に取り外したエマルションフィルムを日本に向けて冷蔵輸送で発送し、2023年気球実験を無事に成し遂げました。

この実験の中心メンバーとして活躍した六條助教は

今回の大気球実験に使用した大口径ガンマ線望遠鏡を実現するためには、望遠鏡の心臓部であるエマルションフィルムを大量に準備することが不可欠でした。世界で唯一エマルションフィルムを開発・供給する名古屋大学は、フィルムの製造能力を約10倍に増強する設備・技術開発を成し遂げ、この実験を可能にしました。またオーストラリアでの望遠鏡組み上げ、大気球の放球、実験後の観測器の回収にも名古屋大学の院生・若手研究者らが参加し最前線で活躍しました。自分達の手で作った装置で、世界で誰もやったことのない観測に挑戦できることはこの上ない喜びです。これから始まる観測データ解析が非常に楽しみです。結果をご期待ください!

とコメントしています。

今後、日本に返送されたエマルションフィルムは岐阜大学の大規模現像施設で現像処理され、名古屋大学の自動飛跡読取装置で飛跡を読み出し、フライトデータの解析が行われます。

詳しくはプレスリリースをご覧ください。

用語解説

※1 ガンマ線

極めて高いエネルギーを持つ光子。ここでは特にサブGeV – GeV帯(GeVは10億電子ボルト)を高エネルギーガンマ線と呼ぶ。高エネルギーガンマ線の波長は原子核サイズ以下となり、可視光やX線のように鏡などの光学系での集光や結像が原理的に難しくなる。高エネルギーガンマ線と物質との相互作用は電子対生成反応が支配的となり、電子対を捉えることで親であるガンマ線の情報(到来時刻、到来方向、エネルギー、偏光)を測定できる。したがって電子対を捉える能力がガンマ線観測能力に直結する。

※2 ガンマ線天文学

1952年に早川幸男らによって、宇宙線(宇宙を飛び交う高エネルギー粒子)が星間ガスと衝突して生成される湯川中間子の崩壊からのガンマ線放射が提唱された。現在は宇宙ガンマ線観測を通して、宇宙線・高エネルギー天体・宇宙論・基礎物理の研究へと発展している。

※3 マルチメッセンジャー天文学

近年、超高エネルギーニュートリノや重力波の観測が実現しており、多波長・多粒子での天文学(マルチメッセンジャー天文学)は新たな時代の幕明けとなっている。そのような中でガンマ線は決定的に重要なパートを担う。

※4 フェルミ・ガンマ線宇宙望遠鏡(LAT検出器)

2008年にNASAが打ち上げたシリコン飛跡検出器から構成されるガンマ線望遠鏡。12ヶ国、90機関、400人以上の研究者から構成される国際共同研究であり、日本からも多くの大学・研究機関から研究者が参加している。これまでに5000以上ものガンマ線放射源を発見するなどガンマ線天文学の発展に大きく寄与している。

荷電粒子の飛跡を記録することに特化させた銀塩写真フィルム。荷電粒子の軌跡を三次元的に「千分の1」ミリメートル(1マイクロメートル)以下の空間分解能で記録できる。ガンマ線電子対生成反応を極めて緻密に捉えられ、ガンマ線に対して優れた角度分解能およびガンマ線偏光に対して感度を持たせることが実現できる。併せて大面積化も実現可能。

※6 超高速自動解析技術

エマルションフィルムに記録された飛跡を高速に自動で読み出す装置および一連のデータ処理群。これによってエマルションフィルムの大面積解析が実現。現行機をHyper Track Selector(HTS)と呼ぶ。

※7 時刻情報付与技術

エマルションフィルムに記録された飛跡は本来時間情報を持たない。時刻付与機構「多段シフター(複数段のエマルションフィルムをそれぞれ固有の周期で動かし、アナログ時計の時針・分針・秒針のように時刻に応じた飛跡の位置関係を作り出す)」によって、エマルションフィルムの飛跡に秒以下の時刻情報を付与できる。姿勢監視情報と併せることで、ガンマ線が「いつ」「どこから」飛来したか決定できる。

※8 GRAINE計画(Gamma-Ray Astro-Imager with Nuclear Emulsion)

「世界最高角度分解能(1GeVで0.1度)」「世界初偏光有感」「世界最大口径面積(~10m2)」を実現するエマルション望遠鏡(10MeV – 100GeV)による長時間気球飛翔繰り返しでの宇宙高エネルギーガンマ線精密観測実験計画。愛知教育大学、岡山理科大学、岐阜大学、神戸大学、名古屋大学の研究者から構成される共同研究(実験代表:青木茂樹(神戸大学))。

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