XENONコラボレーション
名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)
名古屋大学宇宙地球環境研究所(ISEE)
東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)
東京大学宇宙線研究所(ICRR)
神戸大学大学院理学研究科
名古屋大学素粒子宇宙起源研究所(KMI)はじめ、名古屋大学宇宙地球環境研究所、東京大学国際高等研究所カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)、東京大学宇宙線研究所、神戸大学が参加する、米国・欧州・日本を中心とした国際共同実験XENONコラボレーション(*注1)は、現在稼働している暗黒物質探索実験であるXENONnT実験において、暗黒物質 Weakly Interacting Massive Particle(WIMP)(*注2)探索の最初の結果を公表し、2018年に前身実験のXENON1T実験が報告した制限を大きく更新する結果を得た、という報告を行いました。
本結果は、XENONコラボレーションが、日本時間3月22日22時30分に、イタリア国立物理学研究所グラン・サッソ研究所で開催した特別セミナーで報告されました。
発表概要
宇宙の質量の大半を担う暗黒物質、その候補と考えられている未知の素粒子WIMP(相互作用の弱い重い素粒子)の直接検出を目指すXENONコラボレーションは、プロジェクトの最新段階であるXENONnT実験における最初のWIMP暗黒物質の探索結果を公表しました。
4.4トンの液体キセノンを97.1日間観測した(1トンの液体キセノンを1年間観測したことに相当する統計量をわずかに上回る)初期データについて、ブラインド解析(*注3)を行った結果、データは背景事象のみを含むと考えて矛盾しないことが示されました。
この結果、WIMPと通常の物質との相互作用の大きさについて新たな制限を得ました。今回の初期データは、前身のXENON1T実験が取得したデータと同程度の統計量ながら、背景事象を5分の1に減らしたことによって、結果を大幅に改善することができました。
発表内容
XENONnT実験は、前身のXENON1T実験よりも10倍高い感度で暗黒物質を探索できるように設計されました。検出器の中核をなすのは、直径・高さ1.5mの円筒形の気体・液体キセノンからなる2相式キセノン”タイムプロジェクションチェンバー”(TPC)で、−95℃に保たれた超高純度液体キセノンで満たされています。
検出器の運転に必要な総重量8.6トンのうち、5.9トンのキセノンが、暗黒物質と弾性散乱し、同時にその信号を検出するアクティブ標的(*注4)として使われます。検出器は、イタリア・グランサッソ国立研究所(INFN Laboratori Nazionali del Gran Sasso)の地下約1,400m深くに設置された水チェレンコフ型反同時ミューオンおよび中性子検出器の中に収められています。
XENONnT検出器は、2020年春から2021年春にかけて建設され、その後試運転を行い、2021年7月6日から11月10日までの97.1日間に、この最初の観測データを取得しました。
WIMPとの相互作用により液相中のキセノン原子が反跳され、微弱なシンチレーション光(*注5)と少量の電離電子が発生します。後者は印加電場によって検出器の上方へ誘引され、さらに一段高い電場により液相から気相へ引き出されて第2のシンチレーション光を発生します。ふたつの光信号は超高感度光センサーにより検出され、反跳エネルギーと反応点の3次元的位置を事象ごとに得ることができます。
暗黒物質の探索実験では、背景事象を発生する天然の放射線源を極限まで減らす必要があります。キセノン内部、検出器の部材、あるいは外部からの放射線が背景事象源となりますが、その中でも特にラドン(*注6)は、検出器部材から常に放出され削減するのは極めて困難です。XENONコラボレーションではXENONnT検出器の建設にあたり、ラドンの発生源となる放射性不純物を極力排除するために徹底的な部材選定を行うと共に、キセノン中に含まれるラドンを常時除去するオンラインキセノン蒸留システムを導入し、検出器中のラドンをこれまでになく低いレベルに抑えるために先駆的な技術開発を行ってきました。
もうひとつの重要な放射性背景事象は、検出器部材中の放射性源により発生する中性子に寄るものです。XENONnTでは新たに導入した、水槽中のキセノン断熱真空容器を取り囲むように設置された中性子反同時検出器により、中性子由来のWIMP背景事象を識別し取り除くことで、その影響を低減しています。またこれらに加え、XENONnT検出器は稀な反応に対してあまりに高感度であることから、もっとも検出が難しい素粒子のひとつである(太陽・大気中から飛来する)ニュートリノですら、背景事象のひとつとして考慮されています。このような成果から、XENONnTは短い時間でとられた初期データにによって、前身実験で得られた制限を向上することに成功しました。
XENONnTは、オンラインキセノン蒸留システムの改良などさらなる検出器のアップグレードによる背景事象の低減を行い、今後の数年間で暗黒物質WIMP探索感度を向上させながらデータ取得を続けます。
XENONプロジェクトの詳細については、XENON Collaborationをご覧ください。
本学からの貢献
本研究には、名古屋大学からは伊藤好孝教授(宇宙地球環境研究所ISEE・素粒子宇宙起源研究所KMI・高等研究院IAR)、風間慎吾准教授(KMI)、小林雅俊 日本学術振興会特別研究員(ISEE)が参加しています。
今回、解析責任者の一人として、データ解析を主導した風間准教授は
ようやく本命のWIMP探索結果を報告することができ、まずは安心しています。XENONnT検出器はカソード電極の問題により、想定していた値と比べて非常に弱い電場での運転を余儀なくされ、これはTPCの強みである粒子同定に大きく影響をし、検出器応答の理解に想定以上に時間がかかりました。今回取得した統計量はまだ目標の1/20で、今後電極の補修や中性子反同時検出器へのガドリニム添加など様々なアップグレードを行い、より高い感度の探索を実現していきたいと考えています。
またこのWIMP探索結果を節目に私の解析グループ責任者としての役目はここで終わりで、今後は暗黒物質の正体やその背後に潜む物理の解明に向けて、将来計画である実験DARWIN実験の実現に注力していきたいと考えています。
とコメントしています。
2020年のコロナ禍直後からイタリア現地に滞在し、観測装置の組み立てからデータ取得まで現地の運転責任者として活躍し、特にキセノン純化システムの専門家としても活躍した小林研究員は、
ついにXENONnT実験の最も重要な目標であるWIMP探索の結果を報告することができました。残念ながらWIMPの発見とはなりませんでしたが、世界的なパンデミックの影響を受けた中でも実験を進め、前身のXENON1T実験を超える制限を得ることができています。
私自身も、特に検出器の建設や試運転、物理データの取得といった面から貢献することができ大変喜ばしく思います。リリース文にもありますように、XENONnTでは検出器のさらなる背景ノイズの削減を行い、データ取得を続けています。今後もデータ解析や検出器のさらなるアップグレードのための研究などを続けていき、暗黒物質やニュートリノの性質など未知の物理現象を明らかにしていきたいと考えています。
とコメントしています。
XENONコラボーションには、日本から名古屋大学、東京大学、神戸大学の3機関が参加しています。
XENONnT実験の遂行にあたっては、SK-Gd実験の経験を活かしたガドリニウム水チェレンコフ検出技術を用いた中性子反同時検出器や、XMASS実験で培った液体キセノン純化システムへの貢献を行っているほか、データ解析の責任者として、今回のデータ解析結果のとりまとめに活躍しています。
※日本グループのXENON1TおよびXENONnT実験に関わる活動は、日本学術振興会・科学研究費助成事業 (18H03697、18KK0082、19H05802、19H05805、19H00675、19H01920、21H05455、21H04466、21H04471、22H00127) 、同研究拠点形成事業(JPJSCCA20200002)、およびJST創発的研究支援事業(JPMJFR212Q)の支援を受け行われています。
関連記事
- 2023-03-22 XENONコラボレーションによるプレスリリース(英語版)
関連サイト
発表雑誌
- 論文タイトル:First Dark Matter Search with Nuclear Recoils from the XENONnT Experiment
- 著者: XENON Collaboration
- プレプリント: ここから入手できます(Physical Review Letters誌に投稿中)
用語解説
注1. XENON コラボレーション
米国・ヨーロッパ・日本を中心とした12カ国27機関の約180人の研究者から構成される。日本からは、東京大学・名古屋大学・神戸大学が参加している。
注2. Weakly Interacting Massive Particle(WIMP)
素粒子的な暗黒物質として、相互作用が弱く重い質量を持つ未知の素粒子の総称。その質量や相互作用など詳しい性質はわかっていない。素粒子の標準模型を超える理論のひとつ、超対称性理論が予言する超対称性粒子が有力な候補のひとつ。
注3. ブラインド解析
データ解析においてける無意識のバイアスを避けるため、事象選別などすべての準備が終了するまで観測データを見ずに解析を行う手法。解析者による無意識のバイアスを避け、解析結果の信頼性を高めるために用いられる。
注4. アクティブ標的
素粒子が反応を起こす標的となると同時に、その反応を検出して信号を出すタイプの検出器。
注5. シンチレーション光
放射線による電離等によってエネルギーを与えられた原子・分子が、励起した後に脱励起する際に放出される光。
注6. ラドン
ラドンは、ウランから始まる壊変(ウラン系列)に属し、ラジウム226の壊変により生成される希ガス元素。存在する元素の同位体は、すべて放射性で安定核種が存在しない。半減期は約3.8日で、崩壊後に発生する娘核である鉛214がさらに崩壊して放出するベータ線が観測における背景ノイズとなる。検出器の部材にわずかに含まれる放射性不純物から生成されているが、キセノンと同じ希ガス元素であることから除去することも難しい。