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【研究成果】中性子寿命の謎、解明に向けた新実験が始動 -第3の手法により中性子寿命問題の解明に挑む-

2021.01.12

名古屋大学大学院理学研究科・素粒子宇宙起源研究所(KMI)の北口雅暁准教授、大学院理学研究科の森川滉己大学院生(博士前期課程2年)、広田克也 特任准教授、清水裕彦教授らのグループは、高エネルギー加速器研究機構(KEK)物質構造科学研究所、東京大学、京都大学、九州大学、大阪電気通信大学、筑波大学、大阪大学と共同で、既存の手法とは異なる新しい手法で中性子寿命を測定する装置を開発し、最初の実験結果を得ました。

中性子とは陽子とともに原子核を構成する核子のうちのひとつで、地球上の物質のおよそ半分を占めています。原子核内部にある中性子は安定ですが、ひとたび核外に取り出されると、寿命約15分で陽子、電子、反ニュートリノに崩壊します。中性子の崩壊寿命は宇宙や素粒子の成り立ちを解明するための重要な値です。

中性子の寿命は、大きく2種類の方法で測定されます。ひとつは中性子ビームが検出器の中で崩壊した数を数える方法(ビーム法:従来は陽子を数える)、もうひとつは中性子を一定時間ボトルに閉じ込め、崩壊せず残った中性子を測定する方法(ボトル法)です(図1)。しかし、ビーム法の結果(およそ888秒)とボトル法の結果(およそ879秒)は、9秒ほど異なっています。実験の誤りがないのであれば、崩壊せずに残った中性子の数と、崩壊してできた陽子の数の辻褄が合っていない(和が保存していない)ことになります。つまり、中性子が未知の粒子に変化しているという可能性を示唆しており、これを説明する理論的な仮説が議論され始めています。
一般に、同じ実験手法では実験を同じように間違える可能性があるため、検証には原理の異なる実験手法が求められます。研究グループは、大強度陽子加速器施設(J-PARC)物質・生命科学実験施設(MLF)の大強度パルス中性子ビームを使って従来とは異なる原理に基づく実験を開始し、今回最初の実験結果を得ました(図2)。BL05ビームライン(NOP)において、大強度パルス中性子ビームを40 cm程度の長さに整形した後長さ1 mのガス検出器に導入し、検出器内部で崩壊した電子線のみを検出することで、バックグラウンドを低減しています(図3)。
この結果はまだ精度が低いため、中性子寿命問題の原因究明には至っておりませんが、今後より多くの実験を行って精度を上げていくことで、中性子問題の原因究明に繋げられると考えています。

本成果は、日本物理学会刊行の論文誌「Progress of Theoretical and Experimental Physics」のオンライン版に1月8日に掲載されました。

KMIからは北口雅暁准教授が本グループに参加しています。

詳しくはプレスリリース本文をご参照ください:名古屋大学Webページ(pdf)

KMI北口准教授による、噛み砕いた解説記事はこちらです:

ビハインド・ザ・シーン:新手法で中性子寿命の謎に迫る

私たちの身の周りにもありふれた粒子である中性子ですが、その性質が宇宙の進化や新しい物理理論と関連しているというのは面白いですね。名大KMIでは中性子を用いた様々な実験を行なっています。中性子は電荷を持たないのでビームとして制御するのが難しく、また非破壊で測定することができないので、基本的な性質である崩壊寿命の測定精度はあまり高くありませんでした。今回の成果をもとに、より高精度を目指した実験をすでに開始しています。ご期待ください。(北口雅暁准教授)

 

 

図1 中性子寿命の2種類の測定方法
(左)ビーム法:崩壊で放出される粒子を数える。 (右)ボトル法:蓄積ののち生き残った中性子を数える。
図2 論文出版年ごとの中性子寿命の値。 2つの方法の間に差が見られる。
図3 今回開発した新しい中性子寿命測定方法。
中性子崩壊から放出される電子を数える。中性子が検出器に完全に収まっている時にだけ測定することで、バックグラウンドを低減している。

関連情報

プレスリリース本文:名古屋大学Webページ(pdf)

ビハインド・ザ・シーン:新手法で中性子寿命の謎に迫る (KMI北口准教授による一般向け解説記事)

論文情報

論文名:Neutron lifetime measurement with pulsed cold neutrons

(パルス冷中性子を用いた中性子寿命測定)

雑誌:Progress of Theoretical and Experimental Physics (オンライン版1月8日)

DOI:https://doi.org/10.1093/ptep/ptaa169