MENU閉じる
名古屋大学公式サイトへ
ホーム » お知らせ » 第8回:加速器を用いた極高エネルギー宇宙線研究(2014年10月)

第8回:加速器を用いた極高エネルギー宇宙線研究(2014年10月)

2014.07.22
スポットライト

 現象解析研究部⾨フレーバー物理部門宇宙素粒子起源グループ特任助教の櫻井信之さんに『加速器を用いた極高エネルギー宇宙線研究』のお話をうかがいました。

ー 宇宙線は宇宙から降ってくると思っていましたが。加速器実験が関係するなんて驚きです。

 宇宙線は宇宙から到来します。宇宙線の中でも極めてエネルギーの高い宇宙線の解析に、加速器での検証が重要な役割を果たすと考えて研究をおこなっています。
まずは、宇宙から降ってくる宇宙線の観測(テレスコープアレイ)について、次に、加速器を使っての宇宙線研究(large hadron collider forward、略称 LHCf)についてお話しましょう。
 宇宙線とは、宇宙空間を高速で飛んでいる陽子や原子核などで、地上にも常に大量に降り注いでいます。しかし、宇宙線の持つエネルギーが高くなるにしたがって到来頻度は急激に少なくなります。(図1)

図1:エネルギーごとの宇宙線の到来数の対数グラフ。右下赤い四角で囲まれているのが極高エネルギー宇宙線。その到来は低いエネルギーの宇宙線に比べ極端に少ない。

 1018eVを超えるエネルギーを持つ宇宙線を、極高エネルギー宇宙線と呼びます。宇宙線がどのようにしてこれほど高いエネルギーを得ているのかの起源は大変不思議で全くわかっていません。それを理解するために、まずは、極高エネルギーの宇宙線の粒子の種類、エネルギー、方向を正確に知りたい。もし、特定の方向から来ているのなら、その方向に何かしら極高エネルギーの宇宙線を作り出すものがあるはずです。そこで、テレスコープアレイが計画されました。
ただ、極高エネルギーの宇宙線は到来頻度が低いため、なかなか研究が進んでいません。

ー 極高エネルギーの宇宙線は、どのくらい到来するのですか?

 宇宙線起源の解析に用いられる非常に高いエネルギー(5.7×1019eV 以上。図3ではこれ以上のエネルギーを持つ宇宙線の到来方向を示す)をもつ宇宙線の到来頻度は、図1での到来頻度を身近な例に換算すると山手線に囲まれた面積に一年間に1例程度です。
テレスコープアレイ実験では、約5年間で52例観測されています。

ー 本当に少ないのですね。そのテレスコープアレイ実験について詳しく教えていただけますか?

 テレスコープアレイ実験とは、日米韓露の約150人の共同研究者による国際共同実験で、2008年3月から定常観測を続けていています。アメリカ、ユタ州の砂漠に700平方キロメートルに渡って並べた地表粒子検出器と大気蛍光望遠鏡とで同じ空気シャワーを同時観測=ハイブリッド観測しています。(写真1)

写真1:アメリカのユタ州の砂漠に1.2キロメートル間隔で512台設置されている地表粒子検出器と大気蛍光望遠鏡。各地表粒子検出器の大きさは3平方メートルで、ソーラーパネルで得た電力で運転されている。各検出器はGPSによりタイミングを同期しており、取得したデータは無線LANアンテナを通じて
データ収集システムに送られる。
また、3箇所に分散配置された大気蛍光望遠鏡で地表検出器の配置された領域の空を観測している。

 極高エネルギーの宇宙線は地球の大気に入ると大気中の原子核と衝突し、多数の二次粒子を発生させ、無数の粒子の集まりとなり直径1キロメートルを超える空気シャワーを引き起こします(図2)。地表でその空気シャワーを観測し、一次宇宙線(極高エネルギーの宇宙線)の種類、エネルギー、方向を推定します。

図2:極高エネルギー宇宙線(一次粒子)が無数の二次粒子を発生させ、空気シャワー現象を引き起こす。

 地表粒子検出器アレイと大気蛍光望遠鏡はそれぞれ独立に観測を行っています。地表粒子検出器が3台同時に大きな信号を検出したら極高エネルギー宇宙線の可能性があると考え、512台の地表粒子検出器アレイ全てのデータを収集します。大気蛍光望遠鏡は月のない夜にだけ観測を行え、人工の光や星の光を取り除いて空気シャワー起源の光だけを効率よく取得しています。これらのデータをあとで組み合わせて、片方しかない場合よりも高精度な解析を行っています。

ー そんなに広い場所にそんなに沢山の地表粒子検出器を設置して、年に数例の極高エネルギー宇宙線を待っているのですか! 砂漠の中に設置された地表粒子検出器は故障したりしないのですか?

 故障します。機器の見回りは、最初は毎日でしたが、今は週に一回です。地表粒子検出器はソーラーパネルで電源を賄っているエレクトロニクスが入った箱なので暖かいんです。ですから、隙間から動物が入って来て(笑)、この辺りに放牧されている子牛はGPSアンテナをかじるのが好きでして。粒子測定器が設置されている700平方キロメートルの間には道路があるので、離れているところでも5キロメートルくらい歩けば行くことが出来ますが、修理機材と鳥の糞の掃除用の水を持って、ガラガラヘビに注意しながら、ウサギの穴に落ちないように気をつけて、蓋を開ける時は中に毒蜘蛛がいないか見て、補修しています。

 このようにして集めた観測結果から極高エネルギーの宇宙線がどちらの方向から来たかをまとめた天空図が図3です。

図3:2008〜2013年にテレスコープアレイで観測された極高エネルギーの宇宙線がどちらから来たかを表した図。ある特定の方向から来ていることがわかってきた。(図中57EeV=5.7×1019eV)

図中赤い方向から集中して来ているように見えます。しかし、この赤い部分には、極高エネルギーの宇宙線を放射するような天体は、まだ見つかっていません。

 なぜ極高エネルギーの宇宙線が多く来ている方向に加速源になりうる天体が無いか、この理由として現在2つの可能性が考えられています。ひとつは、宇宙線を加速している源が、銀河フィラメントと呼ばれる宇宙大規模構造内の磁場であるとする考え方です。この場合、極高エネルギーの宇宙線の到来方向はフィラメントの磁場分布に依存したものになり、特定の天体が到来方向の先になくてもよいことになります。もう一つは、超銀河面付近で超高エネルギーにまで加速された重い原子核が銀河間の磁場によって曲げられて地球まで届いているために、宇宙線の到来方向を見ただけでは加速源がわからないという考え方です。これは極高エネルギー宇宙線が陽子だとするテレスコープアレイ実験との観測結果とは異なっていますが、重い原子核だと主張する別の観測グループもあり、現在活発に議論されているところです。以上の可能性のいずれにせよ、宇宙線の源を解明するためには、宇宙線のエネルギー・種類そして宇宙空間の磁場を詳しく調べなければならないことは間違いありません。
 一方、極高エネルギーの宇宙線のエネルギーや粒子の種類を直接観測することはできません。なぜなら、最初に述べたように極高エネルギーの宇宙線は到来頻度が大変低いためです。例えば、人工衛星で直接観測しようとすると、巨大なものが必要になってしまい現実的ではありません。そこで、我々研究者は空気シャワー現象を通じてもとの宇宙線のエネルギーや種類を解析しています。この解析には極高エネルギーの宇宙線と大気がどのような反応を起こしているのか(ハドロン相互作用模型)がきちんとわかっていなければなりません。現在はさまざまな考え方で作られている複数の相互作用模型があり、どれが正しいのか確認が必要ですが、宇宙で最も高いエネルギーの相互作用なだけに、これまではなかなか研究が進んでおらず、大きな不定性が残ったままで解析を行っていました。

ー 宇宙で観測しないと正確な観測はできないが、宇宙での観測は現実的ではない。でも、地上での観測ではハドロン相互作用がよく分かっていないためうまく決まらない… 解決する方法はあるのでしょうか。

 そこで、加速器実験 LHCf の登場です(図4)。
 LHCf は、日本、イタリアを中心に6カ国、30人あまりの国際共同実験で、名古屋大学が主導しています。私は、昨年度から参加しています。

図4:欧州原子核研究所(CERN)が建設した世界最大の衝突型円型加速器大型ハドロン衝突型加速器(Large Hadron Collider、略称 LHC)。スイス・ジュネーブとフランスとの国境をまたいで設置された全周27kmの巨大な加速器では陽子-陽子衝突実験が行なわれている(左図)。LHCf検出器は、衝突させる陽子のビームラインの間に設置され超前方の反応を捕らえる(右図、図版提供CERN)。

 宇宙線の観測とは逆に、種類もエネルギーもわかっている粒子を衝突させた反応を調べれば、どのようなハドロン相互作用模型が現実を上手く再現しているか分かります。加速器実験では、衝突させる粒子の種類、エネルギー、方向が決まっていますから、どのようなハドロン相互作用模型が正しいのか確かめることが可能です。そこで空気シャワーに最も影響が大きい前方に放出される粒子を測定し、超高エネルギーの宇宙線に相当するエネルギーで、どのハドロン相互作用模型が適しているのか調べる実験がLHCfです。
 2009年から2013年にかけて取得したデータについては解析がほぼ終わり、今までに提案されているハドロン相互作用模型に改良が必要であるとわかりました。私はこのLHCf実験の実験結果が空気シャワー観測結果に与える影響について調べています。現在のハドロン相互作用をLHCf実験を再現するように修正し、それをつかってシミュレーションを行って、テレスコープアレイ実験での空気シャワー観測結果と比較しています。また、逆にテレスコープアレイ実験やその他の空気シャワー観測の結果を再現するには、ハドロン相互作用モデルにどのような修正が必要かについても調べています。この研究によって将来の加速器実験で何を調べれば宇宙線観測に有用なデータが得られるかがわかってくるはずです。現在は来年度(2015年度)に迫った衝突エネルギー13×1012eVのデータ取得に向けて準備を進めています。これによって、より極高エネルギーの宇宙線に近いところでのデータが得られ、ハドロン相互作用の理解がさらに進むことが期待されます。私はこの準備では放射線耐性の高い検出器の製作を担当していました。
今は出来上がった検出器を別の加速器に持ち込んで、テストを行っているところです。

写真2:KMI現象解析研究部⾨宇宙素粒子起源グループ 櫻井 信之 特任助教

ー 今後のご研究の目標を教えていただけますか。

 研究テーマは極高エネルギー宇宙線の起源の探索です。

 初期から参加してきたテレスコープアレイ実験で、蓄積・解析してきた宇宙線の観測データの解釈については、
極高エネルギーでのハドロン相互作用模型が決まらないことによる不確定さに論争が残っています。来年度(2015年度)、LHCfで開始のより高いエネルギーの実験は、加速器実験としては非常に高いエネルギーですが、宇宙線の立場からからすると十分ではありません。ですから、新たに得られるLHCfのデータとテレスコープアレイのデータ両方を使うことにより、低いエネルギーではLHCf実験を、高いエネルギーではテレスコープアレイで観測している極高エネルギーの宇宙線の振る舞いを、矛盾なく説明できるハドロン相互作用模型を構築し、最終的に、極高エネルギー宇宙線の起源を世界に先駆けて解明したいです。

参考文献

[1] テレスコープアレイの検出器について
  大気蛍光望遠鏡についてNuclear Instruments and Methods A V676, 2012, 54-65
  地表粒子検出器についてNuclear Instruments and Methods A V689, 2012, 87-97

[2] テレスコープアレイで観測された宇宙線到来方向異方性についての論文
  The Astrophysical Journal Letters 790:L21 (2014)

[3] LHCf実験の検出器について
  Journal of Instrumentation Volume 3 S08006 (2008)

[4] テレスコープアレイ実験のウェブサイト
  http://www-ta.icrr.u-tokyo.ac.jp
  LHCf実験のウェブサイト
  http://www.stelab.nagoya-u.ac.jp/LHCf/LHCf/index.html

専門家向けセミナーサイトにスライドがあります。
(文:素粒子宇宙起源研究所広報室 木村久美子)