基礎理論研究センター 【名古屋大学 素粒子宇宙起源研究機構(KMI)】

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複合ヒッグス模型の可能性を数値シミュレーションから探る

 クォークやレプトンの質量は、近年発見されたヒッグス粒子と深い関係がある電磁力・弱い力の対称性の自発的破れを通じて獲得されると考えられていますが、そのメカニズムの解明は現代の素粒子論の一つの大きな課題です。これをゲージ理論のダイナミクスから説明し、素粒子標準模型を超える枠組みを探るアプローチがあります。

 名古屋大学素粒子宇宙起源研究機構(KMI)では、基礎理論研究センターの高性能計算機ファイを主として用いた格子ゲージ理論に基づく大規模数値計算で、ヒッグス粒子をより基本的な素粒子とその反粒子のペアからできているとする複合ヒッグス模型(ウォーキングテクニカラー理論)の可能性を探る研究が行われています。最近のトピックとして


Topic 1

8フレーバーQCDが複合ヒッグス模型の候補となりうる事が、低エネルギーでのカイラル対称性の自発的破れ、中間エネルギーでの近似的スケール不変性と大きな質量異常次元を示唆している事から示されました[1]。また、不定性がまだ大きいものの、テクニベクトル中間子質量とテクニパイオン崩壊定数の比が、この理論からの予言値として求められました。

 KMI現象解析研究センターが参加しているLHC実験で発見された"ヒッグス粒子"の質量は約125GeV と測定されています。テクニカラー理論の典型的な複合粒子(テクニハドロン)の質量は1000GeVを超えますが、ヒッグスはその他のテクニハドロンとは異なり、近似的スケール普遍性に伴う擬南部-ゴールドストン粒子として振る舞う事が予想され[2]、その質量が小さくなる事が期待されます。ある種のモデル計算では、125GeVヒッグスに矛盾しないウォーキングテクニカラー理論を作れる事が示唆されています[3]。このようなダイナミクスが実際に実現できるかを、モデルや近似によらない第一原理数値計算で確かめる事が次の重要なステップになります。


 8フレーバー理論は、中間エネルギーと低エネルギーのスケールの違いによって異なる物理的特徴があり(Topic 1)、その複雑さによりヒッグス質量の定量的な結果を導く事が容易ではありません。一方、12フレーバー理論では両方のエネルギースケールで8フレーバー理論の中間エネルギースケールの特徴と類似のダイナミックスであることが期待され、そのため解析がより単純なことが期待されます。実際以下のような今後の発展が期待される結果が得られています。


Topic 2

12フレーバーQCDにおいて、フレーバー一重項スカラー粒子(8フレーバーQCDではヒッグス粒子に相当)をフェルミオン双一次演算子とグルーボール演算子の両方から解析する研究が進められています。これらの数値計算は最も難しい部類として知られていますが、様々な改良を取り入れた計算により、良い精度のシグナルを得る事に成功しました。通常のQCDではパイオンが最も軽いはずですが、この理論ではパイオンよりもスカラーが軽くなる事を示唆する結果が得られ、中間報告として、学会等で発表されました[4]。また、複合ヒッグス模型として興味のある8フレーバーQCDのスカラーについての研究も進められており、ある程度のシグナルが出始めています[5]。


談話: KMI 山脇幸一 特任教授
   (ウォーキングテクニカラー理論提唱者の一人)

 QCDなどの強結合の複合理論においては、理論の典型的スケールに比べて軽い(ヒッグス粒子のようにふるまう)複合粒子の存在は計算機シミュレーションでも確かめられておらず、スケール不変な理論ではじめてその兆候をとらえたことが重要である。これが実際LHCで発見されたヒッグス粒子かどうかは今後のLHC実験などとの詳細な比較を待つ必要があるが、実験での検証の問題をはなれてもそのような軽い複合粒子が存在することは純理論的にも新しい可能性であり、将来の理論研究にも大きなインパクトがあるものと期待される。
 万物の質量の起源としてのヒッグス粒子がLHC実験で発見され、そのさらに本質的な起源についての理論研究が世界の素粒子物理学の焦点となった。その一つの可能性である「ウォーキング・テクニカラー模型」では、ヒッグス粒子が、まだ発見されていないより基本的な素粒子の複合粒子であるとする。この模型は基本粒子の結合の強さがエネルギースケールの変化によっても変わらない(「スケール不変性」)理論にもとづくもので、そのような理論は最初益川機構長ら(1974年)によって研究され、我々(1986年)によって複合模型に応用されて模型の提唱となった。そこで予言された「テクニディラトン」と呼ばれる粒子が複合ヒッグス粒子の候補であり、現在のLHCのデータとも矛盾していないことが従来の近似計算に基づき示された。より信頼性の高い計算機シミュレーションで今後さらに詳細な検証をすることが期待される。

 KMIでは2011年3月に専用の高速計算機「ファイ」を導入し、その模型の候補となる理論においてヒッグス粒子と同定できる複合粒子が存在するかどうかについて、大規模計算機シミュレーションによる理論計算を続けています。(益川機構長を含む共同研究グループの名前は LatKMI Collaboration」(トピックに関係する共著者はアルファベット順に、青木保道、青山龍美、倉知昌史、益川敏英、長井敬一、大木洋、Enrico Rinaldi (University of Edinburgh)、柴田章博 (高エネルギー加速器研究機構)、山脇幸一、山崎剛)。


 このような理論の可能性を探る国際研究会[link]が4月24日より、エジンバラ大学ヒッグスセンターで行われます。オープニングトークとなる山脇特任教授の講演で、これらの結果が発表される予定です: Higgs Center Workshop on Strongly interacting dynamics beyond the Standard Model and the Higgs boson.


 [2013.5.28 追記]: Topic 2 の12フレーバーに関連するプレプリントが公開されました[6]。また、論文[1]がPhysical Review Dに掲載予定となりました。


[1] "Walking signals in Nf=8 QCD on the lattice", LatKMI collaboration, Phys. Rev. D 87 (2013) 094511, arXiv:1302.6859.

[2] "Scale-Invariant Hypercolor Model and a Dilaton", K. Yamawaki, M. Bando, K. Matumoto, Phys. Rev. Lett. 56 (1986) 1335.

[3] "Techni-dilaton at 125 GeV", S. Matsuzaki, K. Yamawaki, Phys. Rev. D 85 (2012) 095020; "Is 125 GeV techni-dilaton found at LHC ?", S. Matsuzaki, K. Yamawaki, Phys. Lett. B719 (2013) 378-382; "Holographic techni-dilaton at 125 GeV", S. Matsuzaki, K. Yamawaki, Phys. Rev. D 86 (2012) 115004.

[4] 学会/研究会発表(12フレーバースカラー): LatKMI collaboration: 

   2012.12.4   国際会議 SCGT12, 名古屋市: Enrico Rinaldi [スライド] [proceedings]

   2012.12.23 国際会議 QUCS 2012, 奈良市: 青木保道 (best poster award)

   2013.3.8     国際会議 Moriond Conference, La Thuile (Italy): 山脇幸一

   2013.3.9     国際会議 GCOE QFPU, 岐阜市: 長井敬一大木洋

   2013.3.26   日本物理学会 第68回年次大会, 東広島市: 山崎剛 [スライド]、大木洋 [スライド]

   2013.4.10   KMI Topics, 名古屋市: 山崎剛 [スライド]

[5] 学会/研究会発表(8フレーバースカラー): LatKMI collaboration:

   2013.3.14   基研研究会 LHC vs Beyond the Standard Model, 京都市: 倉知昌史

   2013.3.26  日本物理学会 第68回年次大会, 東広島市: 倉知昌史 [スライド]

[6] "Light composite scalar in twelve-flavor QCD on the lattice", LatKMI collaboration,arXiv:1305.6006.

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