基礎理論研究センター 【名古屋大学 素粒子宇宙起源研究機構(KMI)】

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理論計算物理室

理論計算物理室では紙と鉛筆と頭脳だけでは難しい計算を、高速並列計算機を用いて行う事で、これまで研究が難しかった物理を定量的に解明する事を目指しています。

近年の急激なコンピューター性能の発達にともない、計算科学も急激にその様相を変化させています。十年前まで全く手も足も出なかった領域の研究が、現在では手の届くところまできています。私たちは、本機構に導入された二つの大型計算機を駆使して、これまでの研究をスケールアップした研究を行うと同時に、現在だからできる新しい研究分野の開拓にも力を注いでいます。

本機構には、素粒子理論研究用と宇宙シミュレーション用の二つの高速並列計算機が導入されました。
素粒子理論研究用計算機[愛称:φ(ファイ)]は、従来のCPU(中央演算処理装置)のみの大型計算機と異なり、CPUの他にパソコンやTVゲーム機にも搭載されているGPU(グラフィックスプロセッシングユニット)が組み込まれています。GPUを汎用計算に応用し計算処理の加速装置として用いる事が、この計算機の大きな特徴です。これにより安くて高性能な高速計算機の構築が実現されました。この二つの処理装置CPUとGPUに計算を分担させる事で、一秒間に倍精度浮動小数点演算を62兆回(62TFlops、1TFlopsは一秒間に一兆回の計算処理をする性能)処理する事が理論的に可能になります。
この計算機は、平成22年10月現在、日本のトップ20に入る理論ピーク性能を持っています。一方、宇宙シミュレーション用計算機は、宇宙シミュレーションで頻繁に必要な計算機同士の通信を高速に行なえる装置や、大容量データを保持する装置を搭載しています。
理論計算物理室では上記高速計算機を用いて素粒子理論と宇宙理論の数値的研究を行なうと同時に、効率よく研究を行うための計算方法やプログラムコードの開発も行っています。

素粒子理論研究用計算機を用いた研究では、標準理論を超える理論をターゲット とした場の理論の数値シミュレーション、従来の数値計算の枠を超えた ゲージダイナミックスの解明を研究課題の柱としています。

素粒子標準模型とは、素粒子の四つの力(強い力・弱い力・電磁力・重力)のうち、重力以外の力を統一的に説明する模型です。この標準模型により重力以外の力が全て理解されているかと言うと、実はそうではありません。標準模型では電磁力・弱い力の持つ対称性が自発的に破れる事で、クォークやレプトンは質量を獲得する事が知られています。しかし、この対称性がどのようなメカニズムで破れるかについては未だにはっきりしていません。現在CERNで行なわれているLHC実験により、この謎に対して多くのインプットが与えられると期待されています。

理論計算物理室では、この謎を解明し、標準模型を超えた物理を探る事を目標にした研究を、素粒子論部門と協力して進めています。私たちが特に興味を持って研究しているのが、強結合理論のダイナミクスにより電磁力・弱い力の持つ対称性の破れを説明する、テクニカラー模型です。この模型で最も重要なポイントは、模型が要求する理論に強い条件がついている(結合定数のエネルギースケール依存性が弱い、低エネルギースケールでは強結合になる等)事です。そのような条件を満たす理論が存在するかを調べるためには、様々な強結合理論を丁寧に調べる必要があります。しかし、強結合理論では摂動論的計算が難しいため、非摂動論的計算が必要になります。その計算が可能な方法の一つが、計算機を用いた数値シミュレーションです。積極的に数値シミュレーションを用いる事で、テクニカラー模型が要求する理論が本当に存在するのか、もし存在する場合、どのような性質を持つのかを明らかにする事を目指した研究を行なっています。

その他にも、強い力を説明する量子色力学(QCD)の非摂動論的研究を行なっています。
QCDも強結合理論であるので、その研究には計算機を用いた非摂動論的計算である格子量子色力学(格子QCD)が威力を発揮します。この方法を用いて、QCDを含めた標準模型の検証や、QCDからの原子核直接計算、QCDの性質を非摂動論的に調べる事を目的とした研究を行なっています。さらには、近年ブルックヘブン研究所で生成されたクォーク・グルーオン相(QGP)と密接に関係している、高温度・高密度状態でのQCD相構造やハドロンの性質を解明する研究も行なっています。
また、非摂動論的計算だけでなく、電磁気力を説明する量子電気力学(QED)の摂動論計算にも数値計算を取り入れ、レプトン異常磁気モーメント(g-2)の超高精度QED摂動計算を行ない、厳密なQEDの検証や、更に新しい物理の探索を視野に入れた研究を行なっています。

一方、宇宙シミュレーション用計算機を用いた研究では、暗黒エネルギーの性質や、ニュートリノ質量、宇宙初期の密度揺らぎの非ガウス性の解明を目指しています。

天文観測技術の著しい発展により、存在が確実となった暗黒エネルギー・暗黒物質は、その起源・正体ともに不明であり、基礎物理学・天文学にまたがった解明すべき最重要課題です。これらは、宇宙の全エネルギーの96%を占めており、その性質が宇宙の歴史および銀河・銀河団・大規模構造の形成・進化を決定してきたと考えられます。したがって、大規模な銀河サーベイにより得られる、銀河分布の時間変化や銀河に対する弱重力レンズ効果についてのデータを詳細に調べる事により、これら二つの暗黒面の存在量や性質に対し強い制限が得られる事が期待されています。

これに関連し理論計算物理室では、すばる望遠鏡のもつ広い視野を生かした弱重力レンズサーベイ計画(HSCサーベイ)に参加し、観測デザインの理論的検討やシミュレーションデータの提供、理論の整備などを担当しています。今後ますます精密な観測データが得られるようになると期待されていますが、この精密なデータと比較する理論も十分精密でなければなりません。重力による宇宙大規模構造形成の成長は、本質的に非線形な現象であるため、大規模な数値計算を実行する必要があります。このため、宇宙シミュレーション用の専用計算機を用いて、重力レンズ効果についての時間進化・分散の性質の解明、尤度関数の精密化などの研究を行っています。

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