私は普段、イタリアの地下実験施設で「暗黒物質」を探しています。宇宙の物質の多くを占めるのに、光を出さず、まだ正体が分からない、そんな相手に立ち向かっています。実験では貴ガスのキセノンを約9トン、極低温で液体にして巨大な検出器に入れ、暗黒物質が原子核にぶつかったときに出る「かすかな光」を待ち構えています。
暗黒物質の反応はごく稀なので、普段検出できるのは、検出部材にわずかに含まれる放射性物質由来の信号がほとんどです。その中から「本当に見たいもの」を取りこぼさず、かつ誤って拾わないようにするには、徹底的に放射線を低減するなど、地道な準備と、最後は根気が勝負になります。
この実験は、世界中の大学・研究機関から集まった約170人のメンバーで構成されています。やることは、装置開発、インストール、運転からデータ解析まで多種多様です。私は2020〜2023年にデータ解析の責任者を務めていましたが、いちばん気をつけていたのは円滑なコミュニケーションでした。どんなデータをどのような計画で取り、どのように解析を進めていくのか。綿密にすり合わせることに特に注力しました。必ずしもベストな案でなくても、みんなが納得できる選択肢を議論の中から見つけ、提案し、実行していくことが重要だと感じています。
そんな私のもう一つの居場所が、合唱です。高校の部活(男声合唱)で出会ってから、気づけば25年近く続けています。合唱の醍醐味は、いろいろな声が同じ音楽に向かって、少しずつ一体感をつくっていくところです。最初はバラバラでも、練習を重ねると、ある瞬間に「今、ハモった」という手応えを感じるようになります。あの感覚はとてもクセになります。
合唱には、少し物理の要素もあります。たとえばド・ミ・ソの三和音では、ピアノの平均律にそのまま合わせると、長三度が純正な比から少し外れるため、和音がやや濁って聞こえることがあります。そこで、ミを少し低めに、ソをほんの少し高めに調整して和音を純正寄りにすると、うなりが減り、倍音がよく重なって、響きがすっとまとまります。耳だけでなく、身体が共鳴するような心地よさがあって、私はそこに完全にハマりました。
ポスドクのときはスイスのチューリッヒに2年間住んでいました。研究で海外に出るのは刺激的ですが、生活は意外と孤独になりがちです。そこで現地の合唱団に飛び込んだのが、大正解でした。近郊の教会で歌ったり、コンサートやコンクールを聴きにいろいろな国を訪ねたり、教会でのCD録音を経験したり。研究とは別の文脈で、年齢も職業も違う人たちと「同じ曲を一緒につくる」時間が、海外生活をぐっと豊かにしてくれました。
今も国内のコンクールに出るなど、かなり精力的に続けています。直近の全国大会では三位でした。次は、ヨーロッパのコンクールで優勝するのが夢です。そして、歌がうまくなるほど実感するのが、研究と同じく「チームワークがすべて」ということです。良い演奏は、誰か一人のスーパープレイではなく、全員の小さな調整の積み重ねで生まれます。実験も同じで、地道に一つずつ困難を解決していくことが重要です。実はコラボレーションの中にも歌が好きな人がいて、どんな歌を歌ったことがあるのか話すことがよくあります。国際共同研究では、研究以外の「共通言語」があると強いな、と感じています。
研究は、ときどき辛い時期もあります。結果が出ない、議論がまとまらない、締切が迫る、など。そんなとき、合唱の練習に行って深く息を吸い、メンバーのみんなの声を聴いていると、頭が切り替わります。見えない暗黒物質を追いかける日々と、見えない「響き」をつくる時間。どちらも、目に見えないものに耳を澄ませて、仲間と一緒に輪郭を探す作業です。私はこの二つを行き来しながら、これからも長く走っていきたいと思っています。

イタリアの地下実験施設で開発しているキセノン検出器と私(2019年12月)

所属する合唱団「scatola di voce」で出演したフェスティバルの舞台風景(2025年7月/クレジット:アルティ声楽アンサンブルフェスティバル2025)


