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素物性は自由に物理の未来を語る場でした

清水 裕彦
清水 裕彦
KMI連携研究者
大学院理学研究科理学専攻教授
1962年愛知県生まれ。名古屋市立枇杷島小学校、名古屋市立天神山中学校、愛知県立明和高等学校、京都大学理学部卒、大学院理学研究科物理学第二専攻修了、京都大学博士(理学)。1992年高エネルギー物理学研究所助手、1995年理化学研究所研究員、先任研究員、副主任研究員。2005年高エネルギー加速器研究機構教授。2012年名古屋大学着任。

この原稿を依頼されて、師匠とは何かと考え、自分の過去を振り返り数えきれない方々に教わり、お世話になってきたと感じ入っています。それらを考慮した上で、京都大学物理学第二教室(以下、物二)で大学院生だった私に、物理への向き合い方を示してくれた政池明教授を挙げます。物二の実験系の素粒子原子核関係の研究室では「先生」を付けない風習があり、本稿でも政池さんと呼ばせていただきます。

まず政池さんの経歴を短く紹介いたします。政池さんは、1964年に京都大学で博士号を取得後、素粒子・原子核・宇宙線物理学の研究者となられました。同年名大理助手、1972年高エネ研助教授、1978年同所教授、1984年京大理教授、1987年に素粒子物性研究室(以下、素物性)をスタートされました。この間、Saclay原子核研究所、ANL、CERN、Bonn大にて客員教授、客員研究員を務められるとともに、LANL、FNALと共同研究を推進されました。1995年には動的核偏極法の開拓で島津賞を受賞され、1998年福井工業大教授、2001年奈良産業大教授、2002年国際高等研究院学術参与、2004年‐2008年にJSPSワシントンセンター長を務められました。米在住期間中に、国立公文書館にて太平洋戦争時の日本の原子核物理研究について調査、映画・NHKドラマ「太陽の子」、NHKドキュメンタリー「原子力を解放せよ〜戦争に翻弄された核物理学者たち」の製作への助言を行われました。その後も研究の場に参加を続けていらっしゃいましたが、2025年10月に逝去され、2025年11月閣議決定を経て瑞宝中綬章を綬章されました。

KEK史料室談話会で講演する政池さん(2018年5月)

政池さんは研究分野も交流範囲も極めて広い方でした。以下、私の限られた視点でお話しします。同時期に弟子だった方々から見れば、異なる視点をお持ちでしょう。私の視野の狭小さはどうかご容赦いただき、ぜひあらためて語っていただきたく思います。

政池さんが素物性を立ち上げ学生受け入れを開始したのは、私がM2からD1になる時でした。「素物性」という名には、既存の枠組みを超えて物理に挑むという強い意志が込められています。つまり、素粒子物理は素粒子階層の物理、物性物理は物質階層の物理、というような限定を想起させますが、その限定からの解放を明示しています。政池さん曰く、素粒子物性とは素粒子でできている物の性質、つまり何も言っていないんですよね。そして、素物性における研究に対する姿勢は「おもしろい」かどうかを重視するものだったと受け止めています。

素物性開設直後の陣容は、助教授に今井憲一さん、大学院生はD1に牧野誠司さんと私、M2に飯嶋徹さん、M1に伊藤好孝さんと舟橋春彦さんというものでした。物二のM1は研究室に席をもらわず、D1の牧野さんは海外だったので、研究室ミーティングは、政池さん、今井さん、飯嶋さんと私の4人でこぢんまりと始まりました。しかし、交流分野は広く、守備範囲をエネルギー軸上に並べると10-22eVから1015eVくらいまでの範囲に急成長していきました。政池さんからもらった方向性は二つあります。一つは「物理は『おもしろいなぁ〜』と心から思えるものを追求せよ」という考え方で、もう一つは「検出方法の技術革新は実験物理にとって必須」という考え方です。学生の思いつきも取り上げ、その道の専門家の研究現場に送り込んでくれました。今から思えば、私が素物性にいたのはたったの4年弱でしたが、一生を左右する密度の高い時間でした。

そんな雰囲気の中で、私は何か根拠のない自信を持って、質的に新しいことを目指して頑張れました。卒業後も、定期的に家族連れで政池さん宅を訪問し、進捗を報告する日々を送りました。政池さんの賀寿の折々には卒業生が一堂に集まってきましたが、ついに2025年、他界されてしまいました。しかし、私はまだその流れの中に身が置かれている感覚でいます。

私が受け取ったものは、自由に未来を語る雰囲気に満ちた場だったと思っています。研究を確実に進める慎重さも必要ですが、それが目的化すると閉塞感につながりかねないとも言えます。物理を考えて言語化し具体的な研究に落とし込む努力を払う人を絶やさないことが未来を拓くことなのだと感じています。そのために素物性という名称に込められた心象を忘れることなく頑張り続けたいし、そう思えることは政池明師匠のおかげだと想いを致しています。

 

物理学会での政池さんと私(2018年3月)

卒寿祝いの会で配られた政池さんの似顔絵が入った饅頭(2024年11月)

サムネイル写真説明
政池さんの卒寿祝いの会。研究室のOBOGを中心にたくさんの方々が顔を揃えた。現在の素粒子・原子核研究を支える面々も多数おり、政池さんが築いてこられた研究の流れが、今もさまざまなかたちで受け継がれていることが感じられる(2024年11月)