研究プロジェクト: 名古屋大学 素粒子宇宙起源研究機構(KMI)

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対称性の破れとゲージダイナミックス

プロジェクトの概要

対称性とその破れは現代素粒子論の最も基本的な概念であり、2008年ノーベル物理学賞はその象徴である。標準模型においてはゲージ対称性が本質的であり、すべての素粒子の質量は南部のアイディア (Y. Nambu and G. Jona-Lasinio, 1960) に発した対称性の自発的破れとして生成される。CP対称性の破れに関する益川らの理論 (M. Kobayashi and T. Maskawa, 1973) もクォークの質量の存在が前提であり、質量の起源と密接に関わるものである。質量の起源は現代素粒子論の当面する最大の課題であり、超大型加速器実験LHCの主要なターゲットとなっている。

そこで素粒子物理学におけるあらゆる対称性とその破れ(非線型表現)の一般的構造を明らかにしつつ、その力学的起源についてゲージダイナミックスを通じて探求する。とくに質量の起源に関わる対称性の破れを集中的に研究する。QCDにおける核子などの質量の起源はクォークの対凝縮の生成による非線型表現であるが、極限状況で対称性が回復する機構はまだよく分かっていない。また標準模型では質量の起源は未発見のヒッグス粒子に帰せられておりその本性は謎に包まれている。CP対称性の破れの理論もクォーク質量と連動しており、質量の起源の解明はそのより深い解明にもなる。

質量の起源に対するアプローチとしては、QCDと同様に下部のゲージダイナミックスによる2次的な力学的(複合)生成物として解明する複合理論(山脇らの提唱したウォーキングテクニカラーなど)の立場と、超対称パートナーの粒子を導入する超対称性の立場がある。後者の場合でも超対称性の破れは何らかのゲージダイナミックスに帰着させる必要がある。いずれにしても、ゲージダイナミックスによる(微視的)研究とその詳細に依らない非線型表現の(巨視的)研究―有効理論―の両面からの研究を進めることが重要である。

QCDでも非線型表現のカイラル摂動論との比較で単なる数値実験以上の成果が得られている。当機構では、対称性の破れと場の理論の非摂動ダイナミックスを主要なテーマとして素粒子研究の新しい芽を育てる。機構の高速クラスター計算機φでは、標準模型を越える模型や標準模型の極限状況のゲージダイナミックスを数値実験で研究し、従来の解析的方法よる結果や非線形表現に基づく有効理論の結果と比較しつつ新しい場の理論の質を明らかにする。研究に当っては京都産業大学の「益川塾」(塾長:益川敏英)との連携で頻繁な交流を促す。

まず数値実験に関しては、5年の研究期間でウォーキングテクニカラーのベースになるコンフォーマルなゲージダイナミックスの基本的性質、赤外固定点の存在、異常次元、スペクトルなどの全貌を少なくともKSフェルミオンの範囲で明らかにする。主にゼロ質量フェルミオンのフレーバー数が多いQCD的な理論(「大フレーバーQCD」)をターゲットにするが、フェルミオンの表現が基本表現でない場合も調べる。余力があればKSフェルミオン以外の場合に拡張する。これに平行してLHCでの模型の検証を目指す。

複合ベクターメソンの効果は非線形表現における「隠れた局所対称性」もしくはそれと等価な5次元ゲージ理論、ホログラフィーなどの分析を併用して曖昧さのない予言を求める。非線型表現の一般論とくに超対称性について全体像を明らかにする。またこれに「隠れた局所対称性(隠れた超重力)」を導入することで有質量のゲージボソン・グラビトンの理論を構築し、さらにその量子補正(カイラル摂動論に対応)を展開する。

対称性の破れに関する研究は、2008年ノーベル物理学賞に象徴されるように日本の独創が世界をリードしており、質量の起源に関するゲージダイナミックスの研究についても山脇らの研究を基盤に発展している。この指導性をさらに高めるには数値実験と併用することが不可欠である。広範に行われているQCDそのものの数値実験とは異なり、主要ターゲットは自ら提唱したコンフォーマルなゲージダイナミクスであり、従来の分析を併用しつつLHCでの実験的検証を見据えた定量的な結果を出すことが最大の目標である。

QCDではゲージダイナミックスのために対称性が自発的に破れ非線型表現となってクォーク質量が力学的に生成される。 益川は研究の出発点の60年代から一貫して非線型表現を追求して、初期のカイラル対称性からはじめて (C. Hattori, M. Kobayashi, T. Maskawa and H. Kondo; M. Kobayashi and T. Maskawa, 1970)、超対称理論の枠内での内部対称性の非線型表現の研究 (M. Bando, T. Kuramoto, T. Maskawa and S. Uehara, 1984) や最近では超対称性そのものの非線型表現の研究に至っている。

非線型表現は山脇らによって複合ゲージボソンを含む「隠れた局所対称性」の理論としてさらに発展した (M. Bando, T. Kugo, S. Uehara, K. Yamawaki and T. Yanagida,1985; M. Bando, T. Kugo and K. Yamawaki, 1985 and 1988)。 さらにこの複合ゲージボソンの励起シリーズは(格子化された)5次元ゲージボソンのカルツア・クラインモードと同定され余剰次元の理論として発展している。 さらには弦理論から導かれる5次元ゲージ理論(ホログラフィー)がまさに隠れた局所対称性を具現化していることも当機構の酒井らによって明らかにされた (T. Sakai and S. Sugimoto,2005)。 「隠れた局所対称性」はQCD物理のみならず「ムース、リトルヒッグス」「ヒッグスレス模型」「ホログラフィー」など最近の余剰次元によるヒッグス物理の中核に位置する概念となっている。

超対称性を含め様々な場合の非線型表現を解明することは素粒子模型の発展にとって非常に重要である。 最近では超対称性の非線型表現に「隠れた局所対称性」を導入する試みも行われている。 これらは下部のゲージダイナミックスの詳細に依らず巨視的視点から一般的な考察を加える点で特徴があり、「低エネルギー有効理論」と呼ばれている。 その量子効果(ループ効果)はカイラル対称性の場合に「カイラル摂動論」として知られているが、隠れた局所対称性を含むカイラル摂動論は山脇らによって展開された (M. Harada and K. Yamawaki. 2003)。 これに基づき新しいタイプのカイラル相転移「ベクターマニフェステーション」が提唱された。

また、対称性の自発的破れを下部のゲージダイナミックスで生成する機構は、スケール不変なはしご近似のシュウィンガー・ダイソン方程式に基づく益川らの仕事である (T. Maskawa and H. Nakajima,1974)。 これをヒッグスの物理に応用したのが山脇らの仕事 (K. Yamawaki, M.Bando and K. Matumoto, 1986) であり、現在ウォーキングテクニカラーと呼ばれコンフォーマル対称性をもつゲージダイナミックスとして世界的に注目されている。 複合ヒッグスとしてテクニディラトンを予言。 ヒッグス粒子に代わってこれがLHCで発見されればウォーキングテクニカラー理論の確立に大きな一歩となる。 これは異常次元の大きな理論であり、この範疇の理論としてトップクォーク凝縮模型が山脇・棚橋らによって提案された (V.A. Miransky, M. Tanabashi and K. Yamawaki, 1989)。

外部資金

科研費基盤S (代表 益川敏英) 平成22−26年度: 平成24年度中間報告
基盤C (代表 山脇幸一) 平成23−25年度
科研費(特別研究員奨励費) (代表 山脇幸一: 研究員 Junji Jia) 平成23−26年度 (2年間)
大幸財団 (代表 益川敏英) 平成23−25年度 (2年間)

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