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第3回:ビッグバンから100億分の1秒後のニュートリノ(詳しい編)

2013.09.24
スポットライト

『世の中には、「反物質」より「物質」が圧倒的に多く観測されています。しかし、この事実を素粒子論の「標準理論」では、説明することはできません。ビッグバン直後のニュートリノの振る舞いがこの難問を解決してくれるかもしれません。』

KMI理論計算物理室の三浦光太郎研究員にお話をうかがいました。

ー ニュートリノってなんでしょうか?

 ニュートリノについて説明する前に、まず、現代素粒子物理学において理論-実験両方で成功した基本理論「標準理論」について簡単にお話しします。標準理論では、自然界の基本的構成要素として2つの種類の物質粒子(6種類のクォーク、6種類のレプトン)と物質粒子の間の相互作用を媒介するゲージ粒子を含みます。(図1参照)

図1:素粒子の表。ヒッグス粒子は、2012年にCERNの大型加速器実験で発見された。ヒッグス粒子は、素粒子の質量の起源であり、また、図3で示す「弱い相互作用」と「電磁相互作用」の分岐を引き起こす。

原子は陽子と中性子からできている原子核と電子からできていると習ったと思いますが、実は、陽子と中性子はクォーク、グルーオン(ゲージ粒子の1種類)の複合粒子で、バリオンと呼ばれます。電子はレプトンです。電子の他に、電子と同じ電荷を持つ荷電レプトン、ミューオン(μ)、タウ(τ)があります。ニュートリノは電荷を持たないレプトンです。中性子が陽子と電子に崩壊するベータ崩壊では、実は、電子とペアでニュートリノもでてきます。

図2:ベータ崩壊。「弱い相互作用」により起こる。

 宇宙ができたときには、相互作用は1つで、時間とともに「重力相互作用」、「強い相互作用」、「弱い相互作用」と「電磁相互作用」の4つに分かれていったと考えられています。

図3:初期宇宙の相互作用の分岐図。日常生活で身近な「重力相互作用」と 「電磁相互作用」(γ)に加え、ニュートリノが感じる「弱い相互作用」(Wボゾン、Zボゾン)、「強い相互作用」(g)がある。

 クォーク間には強い相互作用が働き、レプトン間には弱い相互作用が働きます。全てのクォークと荷電レプトンは電荷を持っているので電磁相互作用が働きます。ニュートリノは「弱い相互作用」でのみ観測されるで、日常生活でニュートリノを感じることはありませんが、実は毎秒数百億個のニュートリノが私たちの体を通過しています。

 標準理論で現れる、他の基本的物質粒子とは異なるニュートリノの3つの性質をあげておきます。

1)スピン左巻きしか見つかっていない。

レプトンやクォークはスピン角運動量をもっています。粒子の進行方向と回転の方向によって、「右巻き」「左巻き」があります。(図3参照)ニュートリノ以外の粒子はスピン右巻きも左巻きも見つかっています。

図4:左図はスピン「右巻き」、右図はスピン「左巻き」。

2)「決してゼロではないが際立って軽い質量」を持つ。

3)電荷をもっていない。

ー ニュートリノ、不思議な素粒子なんですね。そのニュートリノのビッグバン直後の…?

 ビッグバンからおよそ100億分の1秒後、1000兆度の高温プラズマの中で、ニュートリノが示す性質を理論的に調べました。順を追って説明します。

 まず、プラズマですが、私たちの身の回りにあるプラズマとは、気体の分子が「電荷を持つ粒子」電子と陽イオンに別れて自由に飛び回っている状態です。ここで「電荷」とは、なじみのある電磁相互作用の電荷、+、ーです。今、考えている1000兆度の高温プラズマとは、4つの相互作用の中で弱い相互作用が主役で、弱い相互作用の「電荷」を持つ粒子、レプトン、Wボゾン、Zボゾンが自由に飛び回っている状態です。

 さて、ちょっと話がかわります。私たちの周りにある様々な物質は、陽子や電子などからできています。しかし、自然界にはそれらと電荷が逆の「反陽子」や「反電子」も存在します。例えば、加速器実験で反電子を作る事ができて、電子と衝突させると「対消滅」を起こし、質量が光などのエネルギーとなって放出されます。天体観測によれば、反電子や反陽子などから出来た「反物質」の世界は見当たりません。つまりこの宇宙には、反物質よりも物質の方が圧倒的に多く存在するようです。しかし、標準理論では、十分な量の「物質-反物質非対称性」(物質と反物質の量が大きく異なる)を作り出す事ができません。言い換えれば、物質-反物質の非対称性は、標準理論を超えた更に基本的な理論を見つけるヒントになりそうです。

ー 標準理論を超えた理論ですか。標準理論とはどのように違うのですか?

 標準理論にはない、質量の大きな「右巻きマヨラナニュートリノ」があると仮定しています。マヨラナニューリニの存在は「左巻きしか見つかっていない」「際立って軽い質量」「電荷を持っていない」というニュートリノの性質から示唆されます。マヨラナとは、粒子と反粒子の区別がつかない特別な粒子です。混乱をさけるため、ここでは、右巻きマヨラナニュートリノに対して、普通のニュートリノを、「左巻きニュートリノ」と呼びましょう。右巻きマヨラナニュートリノはまだ発見されていません。もし存在すれば、左巻きニュートリノ、荷電レプトン、ヒッグス粒子に崩壊します。

図5:右巻きマヨラナニュートリノが、左巻きニュートリノと荷電レプトン、ヒッグス粒子に崩壊。レプトンやヒッグス粒子と初期宇宙の高温プラズマの相互作用 (赤丸で表示) によって、真空中の崩壊効率と大きく異なる。

 重要なことは、粒子-反粒子の区別がつかないマヨラナ粒子から、粒子-反粒子の区別がある左巻きニュートリノや電子が生じること。物質-反物質の非対称性の種が作られることです。この現象を、レプトン数生成と呼びます。
さて、右巻きニュートリノがいっぱいあれば、物質であるたくさんのレプトンを作ることができて、物質-反物質の非対称性の謎に迫ることができそうな気がしてきました。(レプトン(電子)ができれば、バリオン(陽子、中性子)も作れることはあとでお話します)

 右巻きマヨラナニュートリノを大量に生成する為には、「平均エネルギー=温度」が、右巻きマヨラナニュートリノが持つ大きな質量を上回っている必要があります。ということは、初期宇宙の高温プラズマで「右巻きマヨラナニュートリノから左巻きニュートリノへの崩壊」が大量に起こったと考えることができます。高温プラズマ中での粒子の性質は、プラズマではない真空中での性質と極めて異なります。ですから、崩壊先の左巻きニュートリノなどが高温プラズマ中で特殊な性質を持てば、崩壊の効率に影響を与えて、物質-反物質の非対称性の種であるレプトン数の生成量に変更を与えるかもしれない。標準理論では理解できない物質-反物質の非対称性が導かれるかもしれないと期待できます。右巻きマヨラナニュートリノは、左巻きニュートリノの特定の振動モードに崩壊します。初期宇宙の高温プラズマに特有の振動モードとして「集団振動モード」が考えられます。実は、これは、参考文献[4]のクォーク・グルーオンプラズマの研究を知り、応用したら左巻きニュートリノにも「集団振動モード」が生じるのではないかとひらめいたんです。

ー 「集団振動モード」、ですか?

 細かい話に入る前に、集団振動モードのイメージをつかみ易い例をお話しましょう。

 音叉を用いて、2つの微妙に異なる周波数の音を鳴らすと、いわゆる「うなり」が聞こえます。「うなり」とは2つの周波数の差に起源を持つ非常に緩やかな振動で、「集団振動モード」の代表例です。それぞれの音叉の周波数振動とは何桁も異なる周波数の振動が、周波数が近いとために生じることが非自明でしょう。

図6:周波数が微妙に異なる2つの音のうなり。

 初期宇宙では、左巻きニュートリノは高温プラズマ中の粒子との無数の複雑な相互作用を通して、様々な振動モードを持ちます。その結果として「うなり」 の様な集団振動が生じ、それが右巻きマヨラナニュートリノの崩壊先に選ばれ、レプトン数の生成量が劇的に増える可能性があります。

 右巻きマヨラナニュートリノから左巻きニュートリノなどへの崩壊(図5)を考えますが、右巻きマヨラナニュートリノの質量については、実験的手がかりはなく、様々なモデルが提唱されています。私は、その中の一つであるレゾナント・レプトジェネシスに注目しました。レゾナント・レプトジェネシスでは、他のモデルと違って、右巻きマヨラナニュートリノが極端に大きな質量ではなく「電弱スケール」(近い将来、大型加速器で到達可能なエネルギー領域)の質量を持つことが可能だからです。レゾナント・レプトジェネシスでは、電弱スケ−ルのプラズマ内での右巻きニュートリノから左巻きニュ−トリノへの崩壊を考える必要があります。そこで重要な役割を持つのが電弱スケ−ルにおける左巻きニュ−トリノの振動モ−ドです。

電弱スケールにおける左巻きニュートリノの相互作用で最も重要なのはWボゾン、Zボゾンを介した相互作用です。電磁相互作用は光子(γ)によって媒介されますが、光子の「弱い相互作用」版が Wボゾン、Zボゾンです。興味深いことに、Wボゾン、Zボゾンは光子と異なり、ヒッグスメカニズムによって「質量」を持ちます。初期宇宙で、無数の粒子のエネルギーが電弱スケールにある場合、該当するプラズマの温度は1000兆度、ビッグバンからおよそ100億分の1秒後の宇宙に対応します。但し誤解しないで下さい。加速器実験でWボゾン、Zボゾンが作れるからといって、1000兆度のプラズマを直接作れるわけではありません。

 初期宇宙の歴史は、4つの相互作用の分岐の歴史です。時間を遡り、電磁相互作用と弱い相互作用の統一前後の初期宇宙に注目し、左巻きニュートリノの振動モードを計算します。

 この条件で、左巻きニュートリノの振動モードを計算したところ、非常に興味深い結果が得られました。温度がWボゾン、Zボゾンの質量と同じくらいか幾分大きい場合、左巻きニュートリノの振動モードに、3種類の集団振動モードが生じます。そのうちの2種類はよく知られた振動モードと似ていますが、それ以外にウルトラソフトモードという極めて緩やかな振動モードも存在することが判りました。

 今回わかったことの1つは、ウルトラソフトモードは、左巻きニュートリノと相互作用する粒子(Wボゾン、Zボゾン)の質量が、温度と同程度になったときに発現することです。
左巻きニュートリノ以外のすべての物質粒子は、電磁相互作用をするので、光子との相互作用があります。つまり質量が温度に比べて無限に小さく、温度と同程度になれません。
ですから、ウルトラソフトモードは、ニュートリノにのみ現れます。
また、Wボゾン、Zボゾン等のゲージ粒子が関係する理論計算においては、「ゲージ不変」な量のみが、物理的に意味を持ちます。この研究では、3種類の集団振動モードが「ゲージ不変性」を持ち、物理的に意味のあるモードであることも確かめました。

 もう1つ重要な解析があります。右巻きマヨラナニュートリノから左巻きニュートリノへの崩壊を通して作られるレプトン数は、スファレロン過程というレプトン数からバリオン数を生み出す過程によって、今、観測されている宇宙の物質-反物質の非対称性に到ったと考えられています。しかし、初期宇宙で、温度が電弱スケール程度まで下がると、スファレロン過程は凍結して起こらなくなってします。この研究では、3種類の集団振動モードが現れる温度領域は、スファレロン過程が凍結してしまう前にも存在することを示しました。 以上から、得られた3種類の集団振動モードは、物質-反物質の非対称性を議論する上で、重要な役割を果たすことができるとわかってきました。

ー 今後はどのような研究を?

 ここで計算した「左巻きニュートリノの初期宇宙における集団振動モード」は、物質-反物質の非対称性の謎に挑む、重要な情報を与えます。ここから、レプトン数はどの程度集団振動モードに影響されるか、作られたレプトン数からどの程度物質-反物質非対称性かが生じるか、生じた非対称性が観測と合っているかを明らかにしていきたいです。

『宇宙の始まり、宇宙の起源。自然界の基本的構成要素、相互作用。初期宇宙の相転移などに興味があります。「考えること」を大切にしているので、「研究に没頭」しているのは自然なことです』とお話される三浦光太郎さん。

参考文献

[1] 今回紹介した研究が掲載された論文:

K. Miura, Y. Hidaka, D. Satow and T. Kunihiro,

“Neutrino spectral density at electroweak scale temperature”,
Phys. Rev. D 88, 065024 (2013).
専門家向けセミナーのサイト
発表スライドがあります

[2] レプトジェネシスに関する最近のレヴュー論文:
W. Buchmuller, R. D. Peccei and T. Yanagida,
Ann. Rev. Nucl. Part. Sci. 55, 311 (2005),

[3] 電弱スケールにおけるレゾナント-レプトジェネシス:
A. Pilaftsis and T. E. J. Underwood,
Phys. Rev. D 72, 113001 (2005),

[4] 本研究の動機付けとなった QGP における集団振動モードの論文:

M. Kitazawa, T. Kunihiro and Y. Nemoto,
Prog. Theor. Phys. 117, 103 (2007) ;

D. Satow, Y. Hidaka and T. Kunihiro,
Phys. Rev. D 83, 045017 (2011) .

(文:素粒子宇宙起源研究所広報室 木村久美子)