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【研究成果】北原鉄平さんの論文がPRLのEditors’ suggestionに掲載されました

2020.02.25
中性K中間子の崩壊から新たな素粒子の存在を提唱

 

図1 本研究で提唱された新たな素粒子の例

 名古屋大学高等研究院兼素粒子宇宙起源研究所の北原 鉄平特任助教は、フロリダ州立大学の奥井 武道教授、飛岡 幸作助教授、ワイツマン科学研究所のGilad Perez教授、テクニオン-イスラエル工科大学のYotam Soreq上級講師との共同研究で、既存の素粒子標準模型には含まれない新たな素粒子を仮定することで、昨年秋にKOTO実験が報告した事象を、理論的に説明できることを示しました。この研究成果は、令和2年2月19日付で米国科学雑誌「Physical Review Letters」オンライン版に掲載され、特に重要な成果として「Editors’ Suggestion」とAmerican Physical Societyの「Featured in Physics (Synopsis)」に選ばれ、同雑誌124巻7号の表紙に掲載されました。(リンク)
 中性K中間子がパイ中間子と二つのニュートリノへと崩壊する事象は、本学出身の小林 誠、益川 敏英両特別教授のノーベル賞受賞理由の研究結果であるCP対称性の破れに深く関係しております。この事象が起こる確率は非常に小さいため未だ観測されていませんが、ひとたび観測されれば素粒子標準模型やその枠組みを超える新しい物理に現れるCP対称性の破れを調べられると期待されています。J-PARCで行われているKOTO実験はこのような事象を観測するための実験です。
 KOTO実験は昨年秋に国際会議で現状報告を行い、そのデータの中に説明のつかない事象が含まれていました。現在のところ、この事象が探していた信号かどうかはわかっておりません。一方で荷電K中間子の崩壊の観測結果から、ある理論的な不等式を合わせて、中性K中間子がパイ中間子と二つのニュートリノへと崩壊する確率に上限が導かれます。もしこの事象が信号であると仮定すれば、この理論的な不等式を満たせなくなり矛盾を生んでしまいます。
 本研究では、これらの事象のいくつかが信号であると仮定した上で、この理論的な不等式を満たしつつ中性・荷電K中間子の両実験を説明できるメカニズムと、そのために必要な新たな素粒子を、世界に先駆けて提唱しました。もしこれらの事象が信号であると実験的に確かめられた場合、本研究で示唆された、標準模型には含まれない新しい素粒子が存在する可能性があります。

 

ポイント(箇条書き)

・中性K中間子がパイ中間子と二つのニュートリノへと崩壊する事象はCP対称性の破れと深く関係しており、KOTO実験はこれを観測するための実験です

・KOTO実験の昨年秋の報告によると、データの中に説明のつかない事象が含まれていましたが、この事象が探していた信号かどうかはわかっておりません

・この事象を信号と仮定すると、ある理論的な不等式と矛盾すると考えられていました

・本研究では、この事象のいくつかが信号であると仮定した上で、この理論的な不等式を満たしつつ中性・荷電K中間子の両実験を説明できる新たなメカニズムと、そのために必要な新たな素粒子を提唱しました

・これらの事象が信号であると確かめられた場合、本研究で示唆された新しい素粒子が存在する可能性があります

 

研究背景

 中性K中間子 (※1) には寿命が長いものと短いものがあり、長い寿命の中性K中間子が中性パイ中間子と二つのニュートリノへと崩壊する事象はCP対称性 (※2) によって禁止されています。従って、この事象を観測することはCP対称性の破れを直接見ることに対応しています。素粒子標準模型の枠組みではこの事象が起こる確率は非常に小さく、約3×1010個の中性K中間子を用意するとその中の1つだけがこの事象に崩壊すると予言されています。この事象は未だ観測されていませんが、ひとたび観測されれば素粒子標準模型やその枠組みを超える新しい物理に現れるCP対称性の破れを高い精度で調べられると期待されています。茨城県東海村に位置するJ-PARCで行われているKOTO実験は、かつてない量の長寿命中性K中間子を生成することでこの事象を世界で初めて観測しようとしています。

 KOTO実験は昨年秋に国際会議で現状報告を行い、その最新のデータの中に説明のつかない事象がいくつか含まれていました。現在のところ、この事象が探していた中性パイ中間子と二つのニュートリノへの崩壊の信号かどうかはわかっておりません。中性パイ中間子は生成後直ちに二つの光子へと崩壊することが知られています(図1)。またニュートリノは検出器を含めたあらゆる物質と反応せずに通り抜けていきます。中性パイ中間子と二つのニュートリノの横方向運動量保存の法則から、大きな横方向運動量を持つ二つの光子を集めることで、KOTO実験はこのような事象を探索しています。

 一方、CERNで行われているNA62実験はKOTO実験の双子のような実験で、こちらは荷電K中間子が荷電パイ中間子と二つのニュートリノへと崩壊する事象を観測しようとしています。さらに、長寿命中性K中間子と荷電K中間子の崩壊は、Grossman-Nir (GN) 限界 (※3) と呼ばれる理論的な不等式で関係付けられています。この理論的な不等式は対称性を用いた数学から厳密に導かれます。

NA62実験の荷電K中間子の崩壊の観測結果に、このGN 限界の不等式を適用することで、中性K中間子が中性パイ中間子と二つのニュートリノへと崩壊する確率に上限が導かれます。もし今回の事象が中性パイ中間子と二つのニュートリノへの崩壊の信号であるならば、GN 限界の不等式を満たせなくなり、理論的な矛盾を生んでしまうことが知られていました。

 

研究内容

 本研究では、今回の事象のいくつかが信号であると仮定した上で、この理論的な矛盾を解消できる二つの新たなメカニズムを世界に先駆けて提唱しました。この二つのメカニズムの中で各々別の新たな素粒子の存在を仮定しました。

 一つ目の案は、「0.1ナノ秒程度の寿命で光子対へと崩壊するスピンを持たない新たな素粒子X」を導入するシナリオです。具体的には図1の例のように、長寿命中性K中間子が中性パイ中間子と新たな素粒子Xに崩壊すると仮定しました。0.1ナノ秒というのはほぼ光速で動く素粒子の世界では決して短い時間ではありません。この0.1ナノ秒の間に素粒子XはKOTO実験の検出器を通り抜けていき、あたかもあらゆる物質と反応せずに通り抜けるニュートリノのように振る舞います。この結果、新たな素粒子Xとニュートリノの事象はKOTO実験の測定器では見分けがつかなくなります。

 同時にGN限界によって、荷電K中間子が荷電パイ中間子と新たな素粒子Xに同程度の確率で崩壊すると導かれます。荷電K中間子の崩壊を測定するNA62実験で用いられる測定器はKOTO実験と比べるとはるかに大きく、0.1ナノ秒の間に素粒子XがNA62実験の検出器を通り抜けることはできません。素粒子Xは光子対に崩壊すると仮定したので、NA62実験の検出器では荷電K中間子が荷電パイ中間子と光子対に崩壊する事象と見分けがつかなくなります。このような事象は背景事象が非常に多いため、NA62実験による制限は相対的に弱まります。

 詳細な計算の結果、このような素粒子Xが陽子の10 ~ 100分の1程度の質量を持っていれば、GN限界の不等式を満たしながら、中性・荷電K中間子の両実験の事象を説明できることがわかりました。図2の青波線で囲まれた白い領域が、本研究によって初めて示されました。この領域内では、様々な実験結果と矛盾せず、GN限界の不等式を満たしながら、今回の事象を素粒子Xで説明することができます。

 

図2:青波線で囲まれた領域は本研究が提唱したメカニズムが有効な領域を表す

 

 二つ目の案は、「J-PARCの陽子ビーム衝突点から発生し、その後光子対へと崩壊するスピンを持たない新たな素粒子φ」を導入するシナリオです。この案では、今回の事象がそもそも長寿命中性K中間子由来ではなく、陽子ビームによって作られた新たな素粒子φに由来すると仮定しました。このような素粒子φは、陽子ビームから離れた場所で光子対へと崩壊しますが、その崩壊場所が偶然KOTO実験の検出器内の場合、横方向運動量を持つ二つの光子が見えることになります。この結果、新たな素粒子φの崩壊と中性パイ中間子と二つのニュートリノの事象はKOTO実験の測定器では見分けがつかなくなります。計算の結果、このような素粒子φによって今回の事象を説明できることがわかりました。

 

成果の意義

 本研究によって、一見するとGN限界の不等式を満たしていないような結果であっても、新たな素粒子を導入することでその理論的な矛盾を解消できることがわかりました。

 KOTO実験が報告した事象が信号であると実験的に確かめられた場合、本研究で示唆された、標準模型には含まれない全く新しい素粒子が存在する可能性があります。

 

 

用語説明

(※1) 中間子: クォークと反クォークで構成される安定な束縛状態。 K中間子はストレンジ(反)クォークを一つ含む。電荷を持つK中間子は荷電K中間子と呼ばれ、持たないものは中性K中間子と呼ばれる。

(※2) CP対称性: 粒子の電荷の正負を反転させ、さらにプロセスの空間反転を行っても物理法則が不変であるという対称性。標準模型では弱い相互作用によってわずかに破れている。CP対称性の破れは、物質と反物質の間の非対称性(例えば数)を生み出す。

(※3) Grossman-Nir (GN) 限界: Y. GrossmanとY. Nirによって1997年に発見された特定の崩壊確率の間にある理論的な不等式。中間子を構成するアップクォークとダウンクォークの間のアイソスピン対称性、および中性K中間子と反中性K中間子の崩壊振幅の間のCP対称性から導かれる。

 

リンク

Featured in Physics (Synopsis)

https://physics.aps.org/synopsis-for/10.1103/PhysRevLett.124.071801

 

論文情報

Physical Review Letters (February 19, Vol 124, (2020), 071801), “New Physics Implications of Recent Search for  at KOTO”

DOI: https://doi.org/10.1103/PhysRevLett.124.071801