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第6回:ダークマターを捕まえる(2014年4月)

2014.03.14
スポットライト

 ダークマターの研究をされているKMI現象解析研究部門宇宙素粒子起源グループ特任助教の中竜大さんにお話をうかがいました。

ー ダークマターとはどのようなものなのですか?

 目に見えず、でも重力は感じる物質、それがダークマター(暗黒物質)です。

ー なぜダークマターというものが考えられてきたのでしょうか?

 もし、この宇宙に、目に見える物質しかなかったなら、例えば、この天の川銀河で、銀河中心から離れれば離れるほど中心からの距離に反比例して回転速度は遅くなるはずです(フィギュアスケートのスピンと同じ原理です)。でも、実際には、銀河系外縁部まで回転速度は約220[km/sec]で一定と観測されています。今の宇宙が形作られるためには、ダークマターがこの宇宙に満ちあふれているはずです。

 天文衛星「プランク」による宇宙の構成割合は図1の通りです。

図1:天文衛星「プランク」の観測結果。宇宙の物質、ダークマター、ダークエネルギーの割合。

ー ダークマターって普通の物質より多いのですか! こんなに沢山あるものに気づいていないなんて!

 これは、ショッキングだと思います。自然を構成する素粒子は、素粒子標準模型で説明できると信じ、そして、ようやく標準模型が完成したかと思うと、実は、宇宙の95%は、まだ説明できていないとわかってしまったのですから。このダークマターやダークエネルギーが何者かを知りたくなって当然でしょう。
 ダークマターの直接検出は世界中で行なわれていて、実は、ダークマターの兆候を発見したと主張するグループもあります。

ー ダークマターを見るのは難しいのですか?

 見えないからこそ、ダークマターですから(笑)。
 難しいからといって、探さずにはいられません。しかし、まったく性質がわからないものを探索することはできません。何かしらのモデルを考え、実験をデザインします。ここで、モデルは、

1. ダークマターが質量を持った素粒子である(重力で存在を確認できるため)

2. 電荷を持っていない(電磁波として観測されていないため)

3. 通常の物質との相互作用が非常に弱い (これまでの探索実験や宇宙観測、シミュレーションなどから)

と仮定します。このモデルをWIMP (Weakly Interacting Massive Particle)と呼びます。 天の川銀河の周りに存在しているダークマターがWIMPであるとすれば、天の川銀河の回転速度の観測結果から、太陽系周辺の密度や速度が予測できます。ですから、ダークマターが、現在持っている、あるいは、近い将来開発できそうな検出器の技術で検出できる程度に通常の物質と相互作用する強さを持つならば、検出は可能でしょう。
普通に見えるスケールでの相互作用は電磁相互作用だけ(重力も見えるが非常に小さい)なので、ダークマターの相互作用を何かしらの電磁的な信号に変換すれば、検出器が応答してくれるはずです。そこで、用いるのが、ダークマターが跳ね飛ばす原子核です。

 僕たちのグループは、今行なわれている方法とは違う情報を使ってのダークマター検出を目指していますが、 まずは、通常行なわれているダークマター検出についてお話しましょう。

図2:銀河系内を高速230[km/sec]で移動する太陽系はダークマターの風を受けている。
30[km/sec]で公転している地球上からはダークマターの風の季節変動が観測されるはず。

 実は、太陽系は高速230[km/sec]で天の川銀河の中を走っています(図2参照)。同時に、地球は、太陽の周りを30[km/sec]の速度で公転しています。地球の公転によって、地球上の検出器とダークマタ―との相対速度が変化するため、信号の数に季節変動が見られるはずです。これを観測することでダークマタ―の証拠としようとしています。ただし、ダークマターの季節変動の変化はたかだか数%。 数%の差を見るためには統計的に数千個のダークマターを捕らえなければなりません(捕らえ難いからこそ”ダークマター”なのでこれはとても大変です)。
冒頭に述べた、ダークマタ―を検出したと主張するグループは、この季節変動を15年近くかけて観測しています。しかし、ダークマターの存在にポジティブな結果を出張するグループもいくつかある一方で、それを否定するグループもあり、これが本当にダークマター由来の信号なのか、他の実験との整合性がなかなか得られず、混沌としているのが実情です。

図3:観察されるダークマター数の季節変動。1周期が1年。(参考文献[1])

 次に、僕たちのグループが目指しているダークマター検出についてお話します。
僕たちは、ダークマター数の季節変動ではなく、角度分布の異方性を見ようとしています。
地球はダークマターの風を受けてるはずですから、風が吹いてくる方向からのダークマターが多いと期待されます。
その方向を観測しようというものです。

図4:太陽系が高速で進んでいるので進んでいる方向からは、より多くのダークマターが飛んできているはず。

この方法だと、季節変動を捕らえる場合の100分の1くらい、数十個のダークマターを捕らえれば見えるはずです。

図5:ダークマターの質量20[GeV]、標的原子核を炭素、地球から見たときのダークマターの速度600[km/sec]以上、
ダークマターと核子との反応断面積1[pb] (10-36 cm2)と仮定したときに期待される角度分布予想。cosθ=1が、太陽系の進行方向(白鳥座の方向)。

 ダークマターの方向異方性の観測でも、ダークマターにはね飛ばされた原子核を観測します。
この観測の難しさは、ダークマターの期待される速さがすごく遅く、秒速数百kmしかないので、はね飛ばされる原子核のエネルギーも非常に小さく、飛跡が短いことです。 秒速数百kmというと、日常的には、想像できないくらいの速さですが、一般的な素粒子実験で対象にする速さの1/1000程度(光速の1/1000くらい)なんです。

光速にせまるほどの速さの高エネルギー観測はかなり研究が進んでいますが、低エネルギーでの観測の研究はこれからです。
 僕たちはダークマターにはね飛ばされた原子核の飛跡をフィルムで捕らえます。開発中のフィルムを実験室でお見せしましょう。

ー 実験室は、湿度が高く暖かく、温室のようですね。

 フィルムが乾燥に弱いので、加湿器を置いています。加湿器も手作りです。だいたい何でも作ります。まず、暗室で、フィルムの作り方をお見せします。

ー 化学実験室みたいですね。

 そうですね。フィルムの開発もかなり大きな仕事です。臭化銀や硝酸銀を調合し、隣の暗室で結晶化させます。ここで蓄積された細かいノウハウが色々あるんですよ。普段の研究は物性物理学に近いです。

写真1:KMI現象解析研究部門宇宙素粒子起源グループ 中 竜大 特任助教
世界最先端の原子核乳剤開発装置と。

この施設は、ダークマター探査用原子核乳剤を自ら開発するというのがきっかけで、KMIのプロジェクトの一つとして2010年より走り出しました。ただし、当然、それ以外の用途のものも製造することができるため、多くのユーザーが製造・開発を行っています。今では、世界的にも非常に重要な拠点になりつつあります。

 大企業に新たなフィルムの開発をお願いしてもなかなか進まないので、自分たちでどんどん開発していけるようになったのは大きな強みです。

ー 本当に何でも開発されて、作られているんですね! フィルムというと、薄い膜のイメージですが、液体なんですか?

 フィルムの表面に塗る、この原子核乳剤が重要なんです。

ー 短いとおっしゃっていた、ダークマターに飛ばされた原子核の飛跡はどのくらいの長さなのですか?

 100[nm]くらいです。今までの研究で使っていたフィルムでは、1つの結晶が200[nm]なので、結晶を小さくしなければ見えません(写真2)。

写真2:フィルム表面の電子顕微鏡写真。結晶の大きさの比較。

こちらが桑原研究員と大学院生の浅田君と共同開発した1つの結晶の大きさが20[nm]のフィルムです(写真3)。

写真3:結晶の大きさ20[nm]のフィルム。もっと結晶の大きいフィルムは透明感のない白っぽい色になる。

ー それでも飛跡は、この小さな結晶、5つ分の短さなのですね! それが読めるのですか。

 はい。これを読む手法も一から開発を行い(写真4)、今なお、大学院生と日々議論を繰り返し、性能・効率をさらに上げています。この手法は従来のニュートリノ実験などの原子核乾板の読み取りとは根本的に違うので、自分の中で無意識に固まっていた常識を打ち破るのに時間がかかりました。

写真4:写真(原子核乾板)から飛跡の読み取り。左から、桂川さん(D2)、中 特任助教、吉本さん(D1)。

 最後の問題は、宇宙線内の中性子です。中性子はフィルムにダークマターと区別がつき難い飛跡を残します。宇宙線によって大気中で作られる中性子は地下に行くと
1/1000以下に減少するので、
イタリアのグランサッソ研究所(地下1000[m])で観測します。

ー 全てを作り上げて、いよいよダークマターの観測ですね!

 早く観測を始めれば良いのに、と、思いますよね。でも、今の状態で始めたら多分失敗します。
失敗は許されません。
実験に使う全てのもの、本当に全てを調べ上げます。例えば、こちらのスライドガラスに塗ってあるのはゼラチンです。
結晶を塗るときに溶剤として使います。そのゼラチンの特性や中に含まれる微量の放射性同位体についても調べています。
万全を期して、まずは今年度中に、非常に小さいスケールでのテストラン(ダークマターに似た信号を出す原因(バックグラウンド)を理解できているかのテスト実験)を行います。そして段階的に、その時のバックグラウンド量に応じた実験を開始していきたいと考えています。
 実はもう一つの地下実験も計画しています。地下環境での中性子の季節変動の測定です。この実験の目的は、現在、ダークマターを発見したというグループのシグナルが、実はダークマターではなく中性子ではないかとの立場の実験です。この実験により、バックグラウンドの素性もしっかり理解できます。ダークマター実験の前に、こちら実験から走らせることになると思います。

参考文献

[1] DAMAの季節変動について
R. Bernabei et al., arXiv:1403.1404v1 [physics.ins-det], 2014
[2]方向性探索に関する論文 (理論)
D.N.Spergel, Phys.Rev.D37(1988)1353

[3]超高分解能原子核乾板によるサブミクロン飛跡検出について
T.Naka et al., Nucl.Inst.Meth.A 718(2013) 519-521

専門家向けセミナーサイトにスライドがあります。
(文:素粒子宇宙起源研究所広報室 木村久美子)